Editor's EYE

2012年1月27日(金)

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 真に偉大な発明とは、モノでなく、そのモノが生み出す未知の経験を広く人類にもたらしたものを指すのだと思います。写真の人物、ジョージ・イーストマン氏もまたそうした発明を成し遂げた人物の1人でしょう。いわく「徐々にある考えが鮮明に見えてきました。われわれは、単なる乾板製造者ではない。人々が日常的に写真を撮影できるようにする一大事業に乗り出したのだ、ということです」。同氏はさらに、的確な比喩で自らが起業したベンチャー企業の事業を説明しました。「カメラを鉛筆のように重宝なものにする仕事」と。

 写真乳剤をガラス板に伸ばし、露光して、板が乾燥する前に現像する。写真技術の登場からしばらくは、撮影手順は煩雑であり、そのための道具も高価なものでした。イーストマン氏は「乾板」方式を採用してその手順を簡略化し、さらにフィルムを「ロール」化して取扱いを容易にしました。1900年に1ドルで売り出した「BROWNIE Cameras」は大ヒットとなり、米国におけるカメラの普及率を飛躍的に向上させます。日本でこのシリーズに使われていたサイズのフィルムが「ブローニー」と俗称されるほどに、カメラ史に名を残す記念碑的なシリーズとなりました。

 イーストマン氏が米ニューヨーク州ロチェスターに起業したこの1企業――イーストマン・コダックは、フィルムや現像方式に工夫を重ね続け、一部の人に閉ざされていた「写真を撮る」という体験を万人に開きました。この会社が存在しなければ、現代人が曽祖父母の顔を知ることはほとんどなく、100年前のわが町の姿を知ることもなかったかもしれません。コダックのフィルムとカメラによって、世界中で、無数の、誰かにとっての「今、ここ」が紙に焼付けられ、記憶が揮発すれば失われていたはずの景色を世界に留め置けるようになりました。

 1月19日、米コダックは破産裁判所に対して米国連邦破産法第11章(日本の民事再生法に相当)の適用を申請しました。フィルム事業でガリバーの地位を築いたコダックは、しかしフィルムを駆逐したデジタルの波には適応できませんでした。成功体験が強すぎて捨て去ることができず、次の成功の機会を失ってしまう――いわゆる「成功の復讐」を、世界の企業史の中でも稀に見る手ひどさで受けた企業のうちの1社でしょう。

 英エコノミスト誌は、同社が苦境に陥った要因を、同じくかつてフィルム事業のガリバーだった富士フイルムと比較しつつ分析します。その言葉は辛辣そのものです。「富士フイルムは新たな戦術を身につけて生き残った。フィルム事業の利益は2000年には全社の6割を占めた。しかし近年は実質ゼロに落ち込んだ。しかし、同社は次なる収入源を見出した。一方コダックは、今は亡き大企業と同様、成り行きにただ身を任せてきたように見える。創業132年。コダックは古い写真のように、このまま消えしまうのかもしれない」。本誌は1月19日の「PLUS」コーナーに翻訳記事「技術が引き起こすジレンマ~コダックはその歴史を閉じるのか」として同記事を掲載。奇しくも同日、同社の経営破たんが発表されました。

 一橋大学名誉教授・野中郁次郎氏も「過去の成功体験への過剰適応があったのではないかと思う。マネジメント的に言えば、(米ハーバード大学経営大学院の)クレイトン・クリステンセン教授ではないが、コダックは破壊的イノベーションができなかったということだろう」と断じ、富士フイルムの事業構造改革を引き合いに出して論じます。本日、「PLUS」にインタビュー「コダック破綻、「知の構造改革」に踏み込んで生き残った富士フイルム」と、日経BPビジョナリー経営研究所・多田和市所長による解説記事「企業永続は、成長戦略を貫くトップの胆力で決まる」として配信しました。

 コダックの売り上げを数式で表せば「ショット数」×「フィルム代」となります。かつてコダックがロールフィルムと安価な写真機を普及させたことで、世界でシャッターが押される回数、ショット数は爆発的に増加しました。フィルムの価格を抑えても、それによって写真を撮る人が増え、ショット数が増えることの方が売り上げ増に繋がったのです。それから100年余り。コダックはさらに撮影の経済性と利便性を追求した結果、自らの手で世界で最初のデジタルカメラを生み出します。この発明は、おそらく銀塩時代とは比べものにならないほどに「世界のショット数」を増やしたはずです。ですが同時にこの発明はパンドラの箱を開けるものでした。フィルム代を1セントでも安くしようと試みた結果、究極の低価格である「ゼロ」にたどり着いてしまったわけです。今や世界中で、凄まじい勢いで世界がデジタル画像として切り取られ、保存されています。けれどもショット数に乗じるフィルム代がゼロになった以上、同社に利益はもたらされません。

 100年以上前に自らが踏み出した「写真を万人のものへ」という一歩は、その歩みの先に、さらに万人が気軽に使える「デジタル」という帰結――コダック自身を破滅に追い込む――が、避けがたい必然として待ち構えていたということになります。100年に渡ってフィルム事業モデルで莫大な利益を上げ続けたコダックは、その現実から目を背け続け、富士フイルムのような対策を打つことができませんでした。あまりに皮肉な「成功の復讐」と言うほかありません。

 GMに続く、米国そのものと言っていい名門企業の破綻。その再建において予想される困難については、英フィナンシャルタイムズが「コダック、再建もいばらの道」で分析しています。「雑誌」コーナーに配信した1月30日号・世界鳥瞰に同記事を翻訳して掲載しました。

(池田信太朗)

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