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「パチンコ王・岡田」の美術館を覗きにいった

箱根と美術界をも揺るがす巨大施設の全貌

2012年4月6日(金)

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 箱根に巨大美術館ができるらしい――。関係者からの情報をもとに3月某日、箱根の小涌谷を訪れた。

 現場は温泉アミューズメント施設「箱根小涌園ユネッサン」と隣接する一等地。一帯は、「彫刻の森美術館」や「箱根美術館」など、競合美術館がひしめく、日本でも有数の美術館リゾートとして知られる。

 しかし、国道1号線に面する3メートルほどの高いフェンスと、険しい山の斜面に阻まれ、建物の概要を把握するのは難しい。見上げるとクレーンが忙しそうに動き、着々と工事が進んでいる様子がわかる。警備員の目を盗んで、フェンスの隙間に目を凝らした。すると――。

 視界には、鉄筋むき出しの巨大建造物が飛び込んでくる。「屋根」がついているところから察すると、完成後は和風の美術館になるのだろうか。鉄筋の分量もかなり多い印象だ。箱根が地震多発地帯だから、堅牢に作っていると推測される。

 「一体、何ができるんだ」「もしかして、巨大リゾートホテルが建って、客が奪われるのではないか」。着工当初は近隣の旅館の間でそんな噂が広まった。道路を挟んで隣には、箱根小涌園ユネッサンもある。ただでさえ不況で客足が鈍くなっているところに、大きなライバルが登場することが危惧された。

 しかし、ここにきて施設内容がみえてきて、一転、歓迎ムードが漂っている。

 「岡田美術館」

 2013年春の開業を目指しており、完成すれば日本最大級の民間美術館になる。計画概要によれば、「敷地面積9981平方メートル、延べ床面積8931平方メートル、2棟70室」と記されている。箱根地区で最大級の美術館「ポーラ美術館」(仙石原、延べ床面積8098平方メートル)を軽く上回る規模となる。東京港区にある東武鉄道初代社長の根津嘉一郎が建設した「根津美術館」(延べ床面積4014平方メートル)の2倍以上に当たる。

 景気低迷と震災で、観光地の地盤沈下や美術館の閉鎖が相次ぐ中で、箱根観光の新たな拠点となり得る期待の巨大美術館となっている。

 だが、1つ思いがけない事実が明らかになった。

ベールを脱いだ巨大施設

 「岡田美術館と聞いた時、てっきりあの岡田さんだと思いました」

 ある美術関係者は、箱根美術館やMOA美術館(静岡県熱海市)を手がけた故岡田茂吉氏(世界救世教教祖)を思い浮かべたという。

 だが、それは「岡田」違いだった。

 新美術館のオーナーは岡田和生氏。パチンコ・スロット機器製造を手がけるユニバーサルエンターテインメント(旧アルゼ)の会長として産業界にその名が轟いている。米「フォーブス」誌が発表した2011年の個人資産ランキングでは、21億ドル(約1743億円)と推計され、日本人14位となった。1999年の高額納税者番付では全国総合1位に上り詰めた大富豪である。だが、株取引の申告漏れを東京国税局に指摘されるなど、「闇」の部分を指摘されることも少なくない。近年は海外で高級カジノを展開しており、「カジノ王」として知られる。

 今回の美術館構想では、名称が「岡田美術館」になる見通しだ。

 日経ビジネスの取材に対して、同社は「まだ明確に答えることができる段階ではない」としつつも、美術館建造の事実を認めた。

 同社によると、岡田氏は13年ほど前から日本絵画や中国・韓国の古陶磁、宗教美術などを熱心に集め始めたという。蒐集を始めた直後には、早くも美術館構想を意識していたようだ。

 関係者の解説では、岡田氏が所有している美術品のリストには、江戸時代の絵師円山応挙や、近代日本画の巨匠である横山大観、菱田春草、上村松園といった錚々たる芸術家の作品がずらりと並んでいるという。

 例えば横山大観。現在、オークションでの1号(はがきサイズ程度)当たりの平均落札価格が1200万円ほどといわれる。屏風など大作となると、その大きさは軽く100号は超えてしまうので、数億~数十億の価値が付くこともある。ちなみに2004年の公開オークションで個人コレクターに落札された大観の『霊峰不二』(130×200センチメートル)の価格は2億円だった。

 同様に岡田氏が所有する菱田春草、上村松園なども、億単位の価値の可能性もある。「公開されれば、こんな美術品が日本に眠っていたのかと、あっと驚くような作品もある」との、関係者の情報もある。

 13年という短期間に、巨大美術館を埋め尽くすほどの美術品を集めた事実は、美術館関係者の間では驚きを持って受け止められている。

 現在、所蔵品のリストは公開されていないが、そこにどんな美術品が含まれているか、「岡田人脈」と絡み合って憶測を呼ぶ。

 例えば、かつて懇意にしていたリゾート会社EIEインターナショナル元社長の故高橋治則氏は、美術品の蒐集家として美術界で知られていた。クロード・モネやアメデオ・モディリアニといった一流コレクションを保有し、箱根から近い伊豆ぐらんぱる公園の敷地内に「伊豆現代美術館」を開館する構想を持っていた。こうした人脈との交流が、岡田氏の美術品蒐集と美術館構想に影響を与えたのかもしれない。

日本発、「足湯付き美術館」

 そして、パチンコやカジノで培ったエンターテインメント施設のノウハウは、新美術館にも「岡田流」として埋め込まれている。

 岡田美術館の建設場所は、かつて外国人向けのホテル「開化亭」が営業していた土地。しかしそのホテルは閉館され、温泉の源泉だけが残されていた。その「地の利」を生かして、施設を「足湯付き美術館」にする計画になっている。別棟にはレストランやショップを設ける。広い敷地を利用して、季節の植物を鑑賞できる庭園や遊歩道も整備する。

 「本格派美術館として、箱根では温泉が湧き、文化が沸く、となるよう、箱根の文化のレベルアップに力添えしたい。世界的にもレベルの高い本格派美術館となるので、外国からの観光客も増え、箱根の経済活性化に貢献したい」(ユニバーサルエンターテインメント)

 確かに、岡田美術館の開業は地域経済を一変させる可能性を秘めている。

 箱根一帯は今、日本有数の「アート拠点」となっている。先述のポーラ美術館は、ピカソやモネの西洋画の大作コレクションで有名で、所蔵品点数も約9500点と膨大。開館から8年後の2010年には入館者200万人を達成した箱根を代表する美術館だ。洒落たレストランやショップも充実しており、幅広い世代に支持され、全国から客が集まる。

 箱根ラリック美術館(ガラス工芸)もユニークな美術館だ。美術館のほかに、敷地内にはオリエント急行の現物が展示され、予約制レストランとして営業している。さらに箱根には、彫刻の森美術館(彫刻)、箱根ガラスの森美術館(ガラス工芸)、成川美術館(日本画)など約20施設が集結している。そこに巨大な岡田美術館が割って入る。

 競争は激しくなるが、「芸術地区」としての魅力は高まり、観光客を引きつける効果が期待できる。

 「そもそも、リゾート地の美術館はどこも経営が厳しくなっている。そんな時代にこれほどの規模を持つ美術館が新設されることは珍しい」と美術館関係者は驚きを隠せない。

 その効果で、地域経済が冷え込む箱根を立て直せるか。

 箱根が窮状に陥っている原因の1つは、企業が持つ保養施設の撤退が相次いでいること。健康保険組合が医療費の増大などで赤字を抱え、保養所を削減対象としている。また、業界再編、企業合併などにより、保養所を集約するケースも起きている。

 箱根では、こうした保養施設が1995年には500カ所を数えたが、現在は半分以下の230軒近くまで減少しているという。

 それだけに、地元では岡田美術館のオープンを心待ちにしている。箱根町観光協会は「話題性のある箱ものが1つできるだけで、経済効果は大きい。宿泊から物販、交通まで全体的に伸びることが期待できる」と話す。

 ただし、箱根は広大な面積を誇る観光地である半面、足の便が悪い。路線バスは通っているが、地元住民の利用を目的としており、美術館などの観光地をつなぐ「観光目線」では作られていない。岡田美術館は傾斜地にあるため、駐車場スペースが少ないという難点があり、路線バスの整備なども課題として浮上しそうだ。

 岡田氏の狙いも、地元との相乗効果だ。

 「パスポート券で、箱根小涌園ユネッサンなど近隣施設との連携も考えたい」(同社)。多くの期待と不安を抱えながら、来年、岡田美術館がオープンする。伝統ある観光地を変える起爆剤になるか、注目される。

(鵜飼 秀徳)

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