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フランス大統領選、「情報統制」を打ち破ったツイートの威力

サルコジ大統領も呆れた前近代的な法規制

  • 津山 恵子

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2012年5月8日(火)

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 フランス国民が「チェンジ」を選んだ。

 仏大統領選挙で、社会党候補のフランソワ・オランド候補が勝利。現職のニコラ・サルコジ大統領は6日夜、パパラッチが乗ったバイクに追いかけられながら、支持者が集まる会場に車で向かい、「敗北宣言」をした。

 そして、もう1つの「チェンジ」が起きようとしている。それは、投票時間中の選挙報道を「ブラックアウト」、つまり完全に黙らせるという時代遅れな法律を見直そうという動きだ。

投票前日から選挙情報が消える

 1977年に定められた法律は、投票所が開いている時間帯に、投票行動に影響を与える出口調査の結果や選挙の分析を報道、あるいは公表してはならないとしている。解禁を破って、投票時間帯に出口調査の結果などを伝えた報道機関や、調査機関、市民には7万5000ユーロ(約780万円)の罰金が科せられる。

 このため、実質的にフランス本土の投票日の前日から、メディアの動きはストップする。前日正午から、南太平洋の仏領で投票が始まるためだ。

 投票日前夜というと「最後のお願い」という白熱したイメージが日本人にはある。だが、フランスでは、テレビを見ていても、候補者が出てこない。しかも、過去の集会の映像すら御法度。それまで盛んに報じていた識者による討論もない。24時間ニュースチャンネルでは、ひたすら2人のキャスターが、世界各地の投票所の様子と天気予報で番組をつないでいるという異様な状況だ。

 それだけではない。候補者のフェイスブックやツイッターのアカウントも、実質2日前から「沈黙」状態に入る。つまり、最新情報がアップされない。今回の選挙で当局は、ソーシャルメディア、つまりフェイスブックの2500万人、ツイッターで500万人の利用者に対し、「リツイートであっても法律を適用する」と警鐘を鳴らしていたからだ(週刊紙ル・ジュルナル・ディマンシュ(Le Journal du Dimanche)による)。

 ところが、ツイッターがこれに風穴をあけた。さながら第2次世界大戦中のレジスタンス向け暗号ラジオのように、ツイッターで暗号を使って、出口調査の情勢を伝えようという動きだ。こうした隠しキーワードの頭に「#」を付けたハッシュタグで検索すると、続々と記事やコメントがひっかかってくる。さすが、ブラック・ユーモアやひねりが好きな言語の国だけある。

隠しキーワードでつぶやく

 例えばサルコジ氏は「Camembert」。フランス現地のカマンベールチーズの中に、「プレジデント」という商品があるためだ。対してオランド氏は「Flamby」。これはプリンに似た市販デザートの名称。皿の上でぷるぷるふるえるため、オランド氏の政敵が「(彼は)太っていて、公約もふらふらしている」という理由でつけたニックネームに由来する。

 「Radiolondre(ラジオ・ロンドン)」は、史実に基づいた隠しキーワードで、友人に教えてもらった。第2次世界大戦中、パリがドイツ軍によって陥落した際、シャルル・ドゴール前大統領がロンドンに亡命し、BBCラジオを使って「自由フランス」を訴え、フランス国民に反撃を鼓舞した。

 「Flambyは、27%がミルクで、防腐剤(注:保守主義という意味もある)は入っていません」というのは、前述の週刊誌に掲載されていた隠しキーワードの人気の例だ。実際に、第1回投票日には、こうした「暗号ツイート」がたくさん出た。しかも、こうしたツイートや海外メディアの報道の後に、フランスのAFP通信も罰金を覚悟で出口調査の結果を一部報道した。

 こうした第1回投票日での異例事態が、決選投票日に向けて、さらに市民が大胆にツイッターを使う流れを加速させた。

「オランド勝利ツイート」の嵐

 5月6日投票日。夕方、テレビで選挙結果を見る地元のパーティーでのこと。投票所が閉まるのは午後8時だが、午後6時には個人宅にオランド支持の人々が集まり、笑顔を見せていた。集まった数人が、iPhoneやiPadでツイッターをチェックして、「53%だ!」と騒いでいる。ツイッターではベルギーや英国のメディアが、出口調査で「オランド53%、サルコジ46%」という結果を「つぶやいて」いた。AFP通信もそうした内容の報道で追随した。

 地元テレビ局「フランス2」の番組を見ると、社会党の初代大統領ミッテラン氏が当選した際、市民が集まったことで知られるバスティーユ広場が映し出されていた。そこには、すでに若者が詰めかけている。同様に、オランド氏の地元チュールでも、広場に人が集まり、雨の中、傘がひしめいている様子が映された。つまり、集まった人たちは、みな出口調査の結果を知っているわけだ。

 私もツイッターをチェックすると、すでに「オランド候補が勝利しそうだ」と、世界中のユーザーがつぶやいており、あだ名ではなく、「#Hollande」というハッシュタグで検索しても、1分間に1000ツイートほど出てくる状態だ。この怒濤のツイートから、罰金に該当するツイートを探し出すというのは非現実的で、不可能に近いだろう。

 それでも、フランス2のキャスターは、落ち着きはらった様子で、勝敗の行方には一言も触れない。

 午後8時、「3、2、1、ゼロ!」とカウントダウンの後、テレビ画面にオランド候補の顔写真が映しだされた。下部に「51.9%」という出口調査結果の数字がある。公式には「報道管制解除」の瞬間だ。これを見て、皆が苦笑しながらも、あたかもこれで初めて知ったかのように、シャンパンの栓を抜いた。

「デジタルの世界に国境は引けない」

 第1回投票後、ロイター通信(英語)は、同法を「マジノライン」に例えて報じていた。マジノラインは、第1次世界大戦中、ドイツとの国境に建設した対ドイツ要塞で、巨額を投じたこともあり「難攻不落」とされた。しかし、第2次世界大戦では、ナチスの戦車がマジノラインがない森に侵入し、あっさり越境した。

 決選投票の日、1977年の法律は、まさに「マジノライン」となった。今後、見直されるしかないだろう。敗北したサルコジ氏でさえ、選挙戦最中にラジオのインタビューにこう答えている。

 「法律が時代遅れになったのは、明らかだ。世界の人がフランス人とコミュニケーションを妨げるようなデジタルの国境を築くことは不可能だ」

 高い失業率、そして欧州各国との財政協定見直し…。オランド新大統領の行く手には、課題が山積みとなっている。しかし、フランス市民は今回の選挙を通して、彼らが愛する「言論の自由」を、投票日にも実現する道筋をつけた。

津山 恵子(つやま・けいこ)
津山 恵子(つやま・けいこ) ニューヨーク在住ジャーナリスト。ウォール・ストリート・ジャーナル日本版コラムニスト。「アエラ」「週刊ダイヤモンド」等に、米国の政治やビジネスの記事を広く執筆。フェイスブック、ツイッター、フォースクエアなど多数のソーシャルメディアにアカウントを持ち、メディアウォッチすることが最近の趣味。元共同通信社記者。著書に「モバイルシフト スマホ×ソーシャル ビジネス新戦略」など4冊。

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