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Editor's EYE

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 異分野の才能が一堂に会し、互いの発想を刺激し合う。「TED Conference(テッド カンファレンス)」というプレゼンテーション・イベントをご存知でしょうか。1984年に米西海岸で有識者のサロン的な集会として始まり、「広める価値のあるアイデア」を披露し合う場として、年々その規模を広げてきました。元米大統領のビル・クリントン氏やマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏、英ロックバンドU2のボノといった著名人が登壇したことで、「楽天家のためのダボス会議」とも呼ばれ、招待制にもかかわらず世界にその存在を知られつつあります。

 不透明感を増す世界情勢にあって、「異質のアイデアの共有がイノベーションを生む」というTEDのコンセプトは世界各地で反響を呼んでいます。2009年からは東京でも派生イベント「TEDxTokyo カンファレンス」が開催されており、今年6月で4回目を迎えました。特に今年はNHKが共同企画番組「スーパープレゼンテーション」を放映したこともあって、TEDの認知度は日本でも一気に高まりました。

 実は、TEDxTokyoの立ち上げに関わった中心メンバーの1人が、「雑誌」コーナーで配信している8月20日号「渦中のひとスペシャル」に登場した黒川清氏です。本誌では、福島第1原子力発電所の事故原因を究明する国会事故調査委員会の委員長として、7月5日に公表した調査報告書について語っています。

 華やかなプレゼンイベントの仕掛け人と事故調査委員長。黒川氏がなぜ何の脈絡もなさそうな2つの役割を担うのかは、その経歴を一目すれば納得できるでしょう。東京大学医学部で学び、同大学院で博士号を取得。その後、1969年に渡米、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で医学部の教授職に就きます。2005年から2008年までWHO健康の社会的決定要因委員会の理事を務め、その間の2006年からは安倍晋三内閣で科学担当としては初の内閣特別顧問に就任しています。その他、米国内科学会の日本支部長、政策研究大学院大学教授、日本学術会議の会長なども歴任しました。

 医療、情報技術、環境、教育、政治…。多様な分野と国境をまたがる経験の蓄積があるからでしょう、黒川氏は日本人でありながら、日本という国家システムを客観的に捉える視点を持っています。

 「日本の経済成長は東西冷戦という枠組みもあって実現したものです。東西陣営がぶつかるのは東欧と東南アジア。そこに日本があり、日本を経済的に自立させる米国の戦略があり、勤勉な日本人が力を合わせて高度経済成長を実現し、自民党一党支配や新卒一括採用、年功序列、終身雇用などの政官財の枠組みが作られました」

 本誌で黒川氏はこう語っています。日本の経済成長も、一皮めくれば、いくつもの条件が重なった、時代の枠組みの中での成功でしかなかったと。黒川氏は続けます。

 「それなのに、経済成長によって、その自信は奢りと慢心に変わっていきました。特に、入社年次や入省年次で順々に上がっていく単線路線のエリートにとって、前例を踏襲することや組織の利益を守ることが重要な指名になっていった。その典型が霞が関であり、東京電力だったわけです」

 経済成長を成立させていた時代の枠組みが崩れた後も、日本人の意識からはその成功体験が抜け切れなかった。この思い込みこそが、今も停滞が続く日本の閉塞感の真因であり、福島の原発事故を招いた原因であると黒川氏は指摘します。

 「なぜ大学3年生から就活に走り続けるのか。それは、新卒で就職することが当然と本人や社会が思っているからでしょう。なぜ年功序列や終身雇用を当然と考えるのか。それも、国民の多くが疑問を持っていないからでしょう。それを思えば、今回の事故の原因は今までのような日本の社会構造を受容してきた日本人のマインドセットにあったのではないでしょうか」

 では、そうした構造から抜け出すためにはどうすればいいのか。この問題意識が、黒川氏をTEDxTokyoの主催団体である「インパクトジャパン」創設に走らせました。「世界には起業家精神を応援し、パートナーが互いに助け合い、共に成長する有効なプログラムがいくつも存在するのに、日本にはそうした受け皿がほとんどない」。インパクトジャパン創設に向けて寄せた黒川氏の言葉からは、新しいマインドセットを持つ重要性が滲み出ています。

 この状況を変えるためには、政治や官僚、学者、大企業、メディアなどすべての関係者が当事者意識を持ち、思い込みを変える必要がある――。黒川氏の指摘は、「失われた10年」から10年経っても一向に変わらない経済停滞に感覚が麻痺しつつある私たち一人ひとりが今、重く受け止めるべき言葉ではないでしょうか。

(蛯谷 敏)