ニュース潜望鏡

宅配弁当を月間10万食売る男

成熟市場でも愚直に成長する会社

2012年10月9日(火)

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 巷間、好調なインターネット企業と問われて真っ先に挙がるのは、グリーやディー・エヌ・エー(DeNA)といったソーシャルゲーム関連の企業だろう。両者を足しあわせた時価総額は約7000億円(10月5日時点)。いわゆる「コンプガチャ問題」によって一時の勢いは削がれたものの、依然として多くのネット企業がこの分野に参入している事実を鑑みても、ソーシャルゲームは現在の国内ネット業界において、花形産業であるのは間違いない。9月には、NTTドコモもこの分野に進出を検討していることが明らかになった。

 華やかなりしソーシャルゲームの世界。ただ、言わずもがなだが、ソーシャルゲームだけがネット業界のすべてではない。目立たずとも、成熟市場に情報技術(IT)を持ち込み、新たな商機を発掘しているベンチャー企業は実はあちこちに存在する。今日はそんな実例を1つ、紹介したい。

弁当宅配にITを持ち込む

 その会社の名を、スターフェスティバルという。

 創業4年目、従業員数は約80人。中核事業は、法人向けの弁当宅配・ケータリングサービスである。インターネットや電話で弁当の注文を受け、指定した時間に届けるーー。こう書くと、確かに地味なビジネスに違いない。しかし、驚くことなかれ。スターフェスティバルはこの分野で急成長を遂げている企業なのだ。

 同社が受注する弁当・ケータリングの案件は、毎月約10万食。一般の弁当宅配サービス業者とは、おそらくケタが2つか3つほど違う。運営するポータルサイト「ごちクル」では、高級から低価格まで幅広い種類の弁当を用意。その数は、1200以上にのぼる。和食、中華、洋食、幕の内といった定番メニューに加えて、「叙々苑」「利久」といった有名飲食店のオリジナル弁当も名を連ねるのが、他社にない特徴だ。9月末現在、弁当供給で提携している店舗は153を超えた。その数も、毎月20店舗のペースで増えている。

 実はこの宅配弁当市場、知られざる成長分野なのである。飲食店を「外食」、自宅の料理を「内食」と位置付けると、弁当販売は「中食」に分類される。長引く景気停滞や家計所得の低下によって、外食市場は年々縮小傾向にあり、それを代替する形で中食市場が伸びているのだ。企業でもコスト削減の一環として、従来、外食店などで開催していた歓送迎会を取り止め、社内会議室などで済ませるケースが増えている。そうした中食の需要を巧みにすくい上げたのが、スターフェスティバルなのである。

 同社の売上高は非公表だが、取扱高は前年比3倍のペースで上昇。ごちクルの注文件数はここ3カ月で2倍に増加した。その成長ぶりに、ベンチャーキャピタルも注目。今年8月、グロービス・キャピタル・パートナーズとグリーベンチャーズの2つのベンチャーキャピタルが、総額2億5000万円を出資した。

 ネットを使ったワンストップ弁当配達。ありそうでなかった事業に乗り出し、新市場を発掘したのが、創業社長の岸田祐介氏、35歳である。

スターフェスティバルの岸田祐介社長。毎日の昼食はもちろん、宅配弁当(写真:村田和聡、以下同)

 岸田氏は2002年に楽天に入社。楽天で弁当配達のポータルサイト「楽天デリバリー」に携わった後、2004年に同社のプロ野球参入に伴い、楽天野球団の立ち上げに参加した。その後2008年に楽天を退社、準備期間を経てスターフェスティバルを創業した。

 しかし、それにしてもなぜ弁当なのか。

 実は岸田氏も最初からこの事業構想があったわけではない。「楽天を退社したのは起業したいという想いからだったが、特にこれだ、というアイデアはなかった」。試行錯誤の末にたどりついたビジネスだったと言う。

エンジェル投資家の一言がきっかけ

 そんな岸田氏の運命を変えたのは、一人のエンジェル投資家だった。小澤隆生氏、40歳。現在は、ヤフーの設立したベンチャーキャピタル、YJキャピタルのCOO(最高執行責任者)を務めている。小澤氏は元々、楽天野球団の取締役であり、岸田氏にとっては楽天時代の上司という関係。岸田氏は、楽天退社後、当時やはり楽天から独立していた小澤氏の下で起業に向けた準備をしていた。

 起業意欲盛んに楽天を退社した岸田氏だったが、実際の事業を見つけ出すことには苦労した。毎日、小澤氏の自宅兼事務所に通って頭をひねるが、簡単に事業アイデアは生まれない。来る日も来る日も思案する岸田氏を見て、ある日、しびれを切らした小澤氏がこう言い放った。

 「俺んちの前で弁当屋でもやってみたら?」

 唐突な振りに、戸惑った岸田氏だったが、これといって反論材料もなく、試しに小澤氏の通りにやってみることに。無論自分では弁当を作れない。人気の弁当屋を聞き取り調査し、販売の代行を直談判した。首尾よく試験販売が実現し、いよいよ販売となった段階で、岸田氏は1つの工夫を施す。小澤氏の家の前ではなく、ネットで注文を受けて販売することにしたのである。

 やってみると、確かに注文が入る。テスト的に用意した弁当は瞬く間に売れ、図らずも需要があることが分かった。他方、調査でよく分かったのは、うまい弁当をネットで販売している会社が、実はほとんど存在しない事実だった。

 弁当とネット。岸田氏はここに、事業機会を見いだした。

 先にも触れた通り、岸田氏は楽天時代、弁当宅配のポータルサイト事業に関わっていた経験がある。「突き詰めていくと、弁当宅配には作るか売るかの2要素しかない。僕らは作る技術もノウハウもないわけで、だったら、誰にも負けない売る仕組みを構築しようと考えた」。こうして、岸田氏の起業は急展開していく。

儲けは現場に落ちている

 誰にも負けない弁当販売は、どうすれば実現できるか。まず、徹底的に使いやすい弁当の注文インフラを作った。サイト、電話など、注文受付は、利用者の使い勝手を最大限に配慮。弁当販売の意欲がある業者を一軒一軒回り、スターフェスティバルが、注文受付けから弁当宅配までを一手に引き受けるという交渉を繰り返した。

 販売する弁当も、コンビニなどで見かける一般的なものでは、違いが出せないし、やがて飽きられる。一計を案じた岸田氏は、オリジナル弁当の企画開発を思いつく。皆が食べたいと思う弁当をリサーチし、その要望を最大限取り込んだ弁当を企画、業者に提案して共同開発する。これが、スターフェスティバルの競争力の源泉となった。

 「優れたビジネスモデルは、誰もが『あれなら自分でも考えついた』と口にする」。米シリコンバレーの起業家であり、『リーン・スタートアップ』の著者でもあるエリック・リース氏はこんな言葉を残している。スターフェスティバルのビジネスも、表層的には誰でも思いつくアイデアだろう。しかし、それを単に思いつくだけの人間と、しっかり事業という形に具現化した岸田氏との間には彼岸の差がある。

 何もモバイルやソーシャルだけが、ネット企業のすべてではない。成熟した市場でも、ITと発想次第でビジネスモデルは新たに構築できる。儲けはいくらでも現場に落ちている。岸田氏率いるスターフェスティバルの事例は、そんな物事の本質を教えてくれる。

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「宅配弁当を月間10万食売る男」の著者

蛯谷敏

蛯谷敏(えびたに・さとし)

日経ビジネス記者

日経コミュニケーション編集を経て、2006年から日経ビジネス記者。2012年9月から2014年3月まで日経ビジネスDigital編集長。2014年4月よりロンドン支局長。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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