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「研究者を“憧れの職業”に」、ノーベル賞山中伸弥・京都大学教授

2011年秋のインタビューで語った研究への思い

山川 龍雄

2012年のノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった山中教授。再生医療の切り札「iPS細胞」を発見し、日本で最もノーベル賞に近い研究者と言われ続けてきた末の快挙だ。2011年秋の山中教授へのインタビューでは、研究への取り組みと、後進の科学者を育てるためには何が必要かを語った。

――日本は科学技術立国として輝き続けることができるでしょうか。

山中:日本人の技術者は、間違いなく世界一です。器用さ、勤勉さ、創意工夫、チームで取り組む力など、研究者として重要な素養を備えている。現在は米国にも研究室を構えているのですが、日本人は素晴らしいと痛感しています。

 日本が生きていく大きな道の1つは科学技術立国だと考えています。研究者や技術者はみな、科学技術立国たる日本を背負っているのだと自負しています。若くて柔軟な人が次々と研究に従事するようになれば、もっと伸びていくでしょう。

 ただ、理系離れは深刻です。日本では研究者の地位があまりに低い。若い人たちに研究者が魅力的な仕事に見えていません。このままでは担い手がいなくなってしまうと懸念しています。

 私は、大学卒業後、臨床医を経て、研究者になりました。両方の立場を知っているのですが、日本では間違いなく医師の方が社会的地位が高い。これは冗談ですけど、ローンを組むなら「職業は医師」と書きたくなってしまうほどなんですよ。

山中 伸弥(やまなか・しんや)氏
1962年大阪府生まれ。50歳。87年神戸大学医学部卒業。93年3月大阪市立大学大学院博士課程修了。米グラッドストーン研究所を経て、奈良先端科学技術大学院大学教授、京都大学教授を歴任。2010年4月から現職。2006年に世界で初めて、マウスの胚性繊維芽細胞に4つの遺伝子を導入することで「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」を作り出した。(写真:宮原一郎)

――大学で得られた知見が、続々とベンチャー企業などで実用化されている米国ではどうなのですか。

山中:米国は日本の逆です。医師よりも研究者の方が社会的地位が高い。ハードワークなのは日米同じですが、ちゃんとした家に住んで、ホームパーティーを開いて、楽しく暮らしている人が多い。給料そのものも高く、ベンチャー企業とのつながりも強い。

 ですから、米国では研究者が憧れの職業なのです。「私も一生懸命研究して、あんな先生になりたい」と子供が思い描いている。子供は憧れから将来の夢を見ます。

 残念ながら、日本にそういうロールモデルはいません。毛利衛さんが宇宙飛行士として活躍していた当時は、研究者になりたいという子供が一時的に増えたこともあります。でも、研究者というと、毎日研究室にこもって、家族も顧みず、稼ぎもよくないというイメージが定着している。これでは、理系離れが止まるはずがありません。

――どうすべきなのでしょう。

山中:まずは、日本の研究者が、自分たちの仕事について発信していくべきでしょう。日本を支えているのだという誇りを内に秘めるだけでなく外に出すべきです。難しいのは、一般の人たちの分かる言葉で伝えなければならないこと。研究室にこもって論文を書いている方が楽だと考える研究者も多いかもしれません。ですが、それでは研究者の社会的地位はいつまでたっても高まりません。

 日本の研究現場は、今危機に瀕しています。東京電力の福島第1原子力発電所事故が起こり、原子力の安全神話は崩れました。科学者は良いことばかり言って、重要なことを隠しているのではないかと、科学者に対する不信感やアレルギーが高まっているかもしれない。こういう時期だからこそ、科学者からの情報発信が大切なのではないでしょうか。

――大学の研究現場では、続々と新技術が誕生しています。こうした技術の萌芽を「稼げる技術」に育てていくためには、どうしたらよいでしょうか。

山中:大学で発見した知見を社会に還元していくためには、産学連携を進めることが重要です。そこで必要不可欠なのが、大学が特許を持つことです。論文を発表するということは、手の内をさらすということ。企業からしてみれば、特許で守られていない大学の技術は、恐ろしくて手出しできません。競合が既に同じ技術を使っている可能性があるためです。何十億円という資金を投じる気にはなれないでしょう。

論文は書きたくなかった

 企業の研究所では、論文を発表する前に知財を押さえます。私たちも「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」を発見した時は、論文を書きたくありませんでした。論文を書いたら、すぐさまライバルの研究者たちが、こぞって追いかけてくるのが分かっていたからです。

 ただ、国などの研究費で日々暮らしている以上、論文で成果を示していかなければ、予算が減らされてしまう。もし、企業の研究所に勤めていたら、iPS細胞の根幹に関わる部分を特許で盤石に固めるまで、何も発表しなかったかもしれません。

 特許が難しいのは、新しい知見を発見した当時は、将来化けるかどうか見当がつかないことです。特許申請には多少なりとも費用がかかるため、大学は厳選して申請するのが普通です。ただ、稼げる技術に育つ知見を選択して申請することは困難です。もしかすると、宝の卵をふるい落としてしまっているかもしれない。ですから、なるべく多くの特許を申請する必要があると考えています。

―― まず大学の研究者が知財についての知識を持つことが必須だと。

山中:知財を意識しておく必要はあります。ただ、知財に関する専門知識を研究者が持つのは不可能に近い。知財の専門家を大学で抱えるべきです。

 良い技術が出てきた時に、実用化まで持っていくには、知財の専門知識があり、厚生労働省などの規制当局と早期から交渉できる人材が必要です。日本の大学の研究者が良い論文を発表しても、事業としての成果は米国企業に取られかねません。

 ただ、ここに問題があります。日本の大学には、プロのサポートスタッフを雇用する枠組みがないのです。大学の採用枠は、「教職員」と「事務員」のみ。1年単位の非正規職員としてしか雇えません。これでは、製薬会社などで好待遇で働いているスタッフを、大学に引き抜くのは困難です。iPS細胞研究所では、幸運にも知財の専門家に入ってもらえましたが、ほかの大学もみな必要としています。

 米国では、博士号を持つ人たちのキャリアとして、こういった専門職が定着しています。研究者としてはドロップアウトしても、別の形で研究に貢献できるのです。日本でも人材を育成していかなければなりません。

――大学の雇用制度から改革していく必要がある。

山中:もう1つ、大きな課題が、研究者自身の中にある「稼ぐことへのアレルギー」でしょう。工学部のように、実用化できる技術を開発しようという意識が先生方の頭にある学部はよいのですが、理学部は対照的です。「研究の目的は真理の探求であって、実用化などとんでもない」という先生もいらっしゃる。

金儲けへのアレルギーを捨てる

 それは医学部も大きく違いません。20年ほど前のことですが、ある研究者が特許を申請しようとしたら「おまえは金儲けのつもりか」と言われたという話を聞いたことがあります。製薬業界などと近い医学部でさえ、少し前にそういう時代があったのです。

――青色発光ダイオードの特許を巡って訴訟を起こした、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)教授の中村修二氏が思い出されます。

山中:中村先生は勇気を持って、当然の権利を主張したと考えています。その彼が、今は米国で教壇に立っている。日本人としては寂しいことです。すごい技術を開発した研究者に、日本の若い人たちが学び、後に続くことができたら、どれだけ素晴らしいことか。

 ただ、多額の報酬を得ることへのアレルギーは、少しずつ緩和されているかもしれません。イチローなどの野球選手は、何十億円稼いでも叩かれなくなりました。サッカー選手も同じです。

――山中先生は「iPS細胞を早く医療現場で役立てたい」と常々話されています。研究者が実用化を意識することも、稼げる技術を生み出すのに重要なことなのでしょうか。

山中:それは違います。研究は、最初から社会の役に立つようにしようと意識しすぎると、浅いものになりがちです。みんなが実用化間近の研究ばかりやり出すと、将来のイノベーションの芽が摘まれてしまいます。

 幸運にもiPS細胞という技術が私たちのところにやってきたから、実用化を強く意識しているのです。こういう技術に出合ってしまったら、実用化するのが研究者の使命だからです。研究を始めた頃から、明日にも薬になる研究がしたいと思っていたわけではありません。

 研究者は、役に立つか分からないものを研究すべきだし、科学研究費助成事業(科研費)のように、海のものとも山のものともつかない研究を支援する仕組みが、国全体の技術力を維持するうえで非常に大切です。

――イノベーションを生む研究と、そうでない研究の違いはどこにあるのでしょうか。

山中:研究者が、自分の研究が本当に新しいか、誰かのマネになっていないかを、常にチェックしているかどうかにあると思います。大阪市立大学大学院に在籍中、助教授に言われた言葉が印象に残っています。それは、「阿倍野の犬実験をやるな」です。

 日本の研究の多くは、「米国の犬がワンと鳴いたという論文があるが、日本の犬もワンと鳴いた」というもの。さらに、日本の犬がワンと鳴いたという論文を見て、「阿倍野の犬もワンと鳴いた」と書く(編集部注:大阪市立大学医学部は大阪市阿倍野区にある)。

 研究者は油断すると、他人の方法論を真似て、阿倍野の犬のような論文を書いてしまう。こういう研究からは、イノベーションは生まれない。私は、本当に誰もやっていないことだったら、どんな研究でも価値があると思っています。だからこそ、若い研究者には、誰かのマネではないか、繰り返しではないか意識してもらいたい。本当のイノベーションは未知の領域でしか見つからないのですから。

日経ビジネス2011年10月10日 50ページより