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エバーノートCEO・シリコンバレー流を大いに語る!

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悪いこと言わないから、会社なんて始めるべきではありません

【第1回】起業家志望にありがちな誤解

フィル・リービン=エバーノートCEO

 グーグル、フェイスブック、ツイッターなど、人々の生活や働き方を変える技術と衝撃をもたらすインターネット企業を数多生み出してきた米シリコンバレー。この地にまた1つ、世界を変えようとするネット企業が脚光を浴びている。

 その名は、エバーノート。パソコンやスマートフォンなど、様々な情報端末で作成した「メモ」をインターネット上に一元管理できる「Evernote」を提供する。極めてシンプルなコンセプトと使い勝手の良いサービスは瞬く間に心を捉え、利用者は急増。2008年のサービス開始から4年で、世界の利用者数は約4000万に到達し、日本、中国、ヨーロッパなど、世界的なサービスとなった。

 当然、投資家もエバーノートを放っておかない。セコイアキャピタルやメリテックキャピタルパートナーズなど、シリコンバレーの著名なベンチャーキャピタルが同社に出資している。会社評価額は既に10億ドル(約800億円)規模となり、ビリオンダラークラブ――文字通り、10億ドル以上の評価を得たベンチャーにのぼりつめた。数年後と見られる上場(IPO)に向けて、今最も注目されているベンチャー企業の1つと言っていい。

 このエバーノートのCEO(最高経営責任者)が、フィル・リービン氏。経営者としてエバーノートを急成長させて大きな注目を集めているほか、エバーノートのほかにも、2社のベンチャーを起業していずれも成功させた経験を持つ。

 シリコンバレーの注目の起業家は、普段どのような生活をしているのだろうか。仕事に対する考え方、行動、そして、成功までのプロセスを知りたい。日経ビジネスでは今回、リービンCEOへの寄稿を依頼したところ、快諾を得て、世界初の連載を掲載することに成功した。彼の考える仕事への姿勢、サービスへのこだわりを、日本人の若手社員や起業家からの質問に答える形で明らかにしていく。

◆  ◆  ◆

スマートフォンアプリでご覧の場合は、フィルの気になる台詞を長押しして保存/共有できます。Androidでご利用の方は、Evernoteにも転送可能です!

質問:現在、起業の準備を進めています。が、正直、本当に起業すべきなのか、会社員のままでいるべきかと迷うことがあります。フィルさんがエバーノートを起業するときは事業の成功にどのくらい確信を持って始めたのでしょうか?(40代、女性、ソフト開発会社)

フィル:こんにちは、フィル・リービンです。これから数回に渡って、私の起業家としての経験をお話できればと思っています。記念すべき最初の質問ですね。ありがとうございます。この方は、起業家になりたいのですね?

 ………。

(写真:村田 和聡)

 うん、やめた方がいいでしょう。おそらく、自分の会社は始めるべきではありません。これが僕としては最良のアドバイスです。

 意外ですか?そうかも知れません。僕自身が起業家ですからね。でも、あなたのことを詳しく知らないかぎり、こう答えるしかないんです。というのも、起業したいと考えている方々の動機は、僕が知る限り、その多くが間違っていると言わざるを得ないからです。

CEOは20時間勤務、部下も投資家も全員上司

 どういうことでしょうか。起業の動機は人によって様々ですが、今回は僕が相談を受ける中でよく遭遇する間違った考えを3つ、紹介しましょう。

よくある動機1:お金がほしい

 まず、一番がお金です。起業が金持ちになるための近道である。正しそうに見えますが、真実は果たしてどうでしょうか。メディアなどでは成功したベンチャー企業ばかりを取り上げますが、実は新規に創業した会社の95%から99%は失敗しています(統計のとり方にもよりますが)。近道というよりも、むしろリスクいっぱいの道です。仮に会社が成功しても、創業者に大金がもたらされることは多くありません。有能で、何事にも意欲的に取り組む人(このコラムを読んでいるあなたも、そんな一人だと思いますが)で、生涯所得を最大にしたいと考えているなら、自分で会社を始めるというのは非常に効率の悪い方法であるということを知っておいて下さい。

 むしろ、生涯収入を最大にしたいなら、その最も良い方法は、できるだけ給与の高い仕事を見つけてしがみつくことです。銀行の幹部、弁護士、専門医などはオススメです。一番高給が支払われる職業を選びましょう。親から多額の財産を相続できる人なら、これがおそらく一番でしょう。

 それでも会社を始めたい?いいでしょう。では自分で会社を興すとはどういうことなのかを、お話します。まず3年から7年、死にものぐるいで働かなければならないでしょう。会社が潰れないですむよう運転資金をかき集めるのに苦労し続けることになります。にも関わらず、大抵はビジネスモデルの変化か、あなたが燃え尽きるかして、事業を畳むことになる。会社に勤めていたら得られたであろう給与は逃しますし、運良く会社勤めに戻れたとしても、昇進の機会を逸することになるでしょう。

 もちろん、例外はありますよ。自分の会社を始めて大金を稼いだ人は大勢います。ビル・ゲイツ氏、スティーブ・ジョブズ氏、三木谷浩史氏などなど。大金持ちの起業家も確かに存在します。けれども、それは宝くじに当選する人と同じくらいの確率です。当たらなかった人がその何千倍、何万倍もいるのです。

 金儲けのために起業家になろうというなら、あなたの計算は外れるでしょう。ちなみに、起業家になるにあたって算数の能力は非常に重要です。これがダメならすでにツー・ストライクです。

よくある動機2:高い地位がほしい

 起業して会社のCEOになると、周囲から尊敬を集められるのではないか、権威を得るのに良い方法ではないかと考える人もいます。伝統的な大企業では組織ピラミッドを登っていって、その頂上にCEOが鎮座しているわけですから、その気持ちは分かります。しかし、自分で起業するとそうはいきません。

 スタートアップ(ベンチャー)を起業してCEOになってみると、実は自分以外が全員ボスのように感じられるものです。つまり、自分の会社で働いてくれる社員は全員自分の上司同然の扱いで接しなければなりません。加えて顧客、投資家、メディアなど、みんながあなたのボスになります。かくいう僕も、エバーノートを始めるまで、これほどたくさんの“上司”のもとで働いたことはありませんでした。起業家になれば名声や権威が付いてくると思うのは大間違いです。極めて例外的な場合を除き、起業家の生活はとっても謙虚にしなくてはダメなんです。

よくある動機3:自由な時間がほしい

 これは僕自身、知り合いに何度か言われました。「生活スケジュールを自分でコントロールできて、さぞかし自由な時間が増えるだろう。私も起業家になりたい」と。あなたが24時間中20時間働くというなら自分で働く時間を管理できますが、それ以上の自由はありません。家族ともっと長く過ごしたいというなら起業家という選択はお勧めできません。

 ここまでご覧いただければ、起業家を志望する際によくある動機の前提は大抵誤解に基づくものであることがお分かりになるでしょう。

 けれど僕は1つだけ、起業家を志すまっとうな理由があると思っています。読者の皆さんは分かりますか?

 それは「世界を変えたい」という理由です。

 当たり前すぎますか?そうかも知れません。もちろん起業家になるだけが、世界を変える方法ではありません。偉大な芸術家でもよいでしょう。科学者、作家、音楽家、政治家でもよいのです。残念ながら、僕はそういった方向から世界を変えることはできませんでした。必要な才能に恵まれていなかったからです。

 けれども僕は、どうしても世界に何らかの目に見える影響を与えたかった。例えほんのわずかでも良い方に変えたい。生きた証を残したい。そう熱望していました。自ずと道は起業家しかありませんでした。

10年必死に働き、1円ももらえなくてもやりますか?

 世界に影響を与えるには、中途半端でダメです。傑出した起業家にならなくてはなりません。これから起業家を志す皆さんは、次のようなことを想像してみてください。

 自分の会社を始めると、これから説明するようなことが100%確実に起こるとイメージしてみてください。

 自分のアイデアを実現するために、毎日毎日休みなく、10年間は働きます。今までにない位の激しさで。その結果、あなたのアイデアは実現するでしょう。何百万という人々があなたの考えた製品を利用し、世界はほんのわずか良い方向に進みます。ところが、想定外の事態が連続し、あなたはこの会社から何の経済的利益も得られません。10年間、脳みそも体も擦り切れるほどに働いたのに、1ドルも1円たりとも得られないのです。

 そんな運命が待っていると想像してみてください。それでも会社を始めたい、と言い切れますか。

 「そんなのまっぴらだ」というのであれば、おめでとう、あなたは合理的で正気です。今の安定した職を続けることをお勧めします。

 けれど、もし、答えが「イエス」だったら?

 もしも、答えが「イエス」なら、あなたの前途には非常に険しい道が待っています。おそらく、失敗することがほとんど確実と言わざるを得ないでしょう。しかし、良いニュースもあります。過去の歴史の中で現在ほど起業に適した時代はありません。もしあなたが失敗を恐れないなら、そして動機が正しいなら、起業に当たって、過去には存在しなかったほどのチャンスが溢れています。

 この連載では、スタートアップを起業し運営する中で、僕が学んだ現代ならではの利点のいくつかを紹介していこうと思います。また同時に、読者の皆さんからのフィードバックから学びたいと考えています。

 さて、それでは最初の質問に戻りましょう。共同創業者たちと僕が起業にあたってどれほど成功を確信していたかという質問ですね。答えは、これまで述べてきた通り。僕には、成功の確信はありませんでした。ただ、会社を起業すべきだという点についてはどうかというと、100%確信していました。失敗する覚悟ができていたのです。

 さて、あなたはどうでしょう?

(訳:滑川 海彦)

エバーノートこぼれ話(1)
フェイスブックもいた!ビリオンダラークラブ入り

 フィル・リービンCEOが率いるエバーノートは、2008年6月に一般サービスを開始したネット企業である。写真、文書、Webページなどさまざまな情報を手軽に保存できるクラウドサービス「Evernote」を提供し、開始から約4年で、世界で4000万ものユーザーを集めた。その急成長は続いており、シリコンバレーでも注目されている企業である。

 2012年5月には、会社評価額10億ドル(約800億円)と高い評価を受けて、複数の大手投資会社から7000万ドル(約56億円)の出資を受けた(参考記事)。2013年末までには、IPO(新規株式公開)に向けた準備を終えると表明済み。会社評価額が10億ドルを超えた企業としては、フェイスブックに買収された写真共有サービスの「Instagram」や、マイクロソフトに買収された企業向けソーシャルネットワーキングサービスの「Yammer」などがある。ベンチャーキャピタルのほか、楽天の三木谷浩史CEO、ヤフー創業者のジェリー・ヤン氏、セールスフォースのマーク・ベニオフCEOなど著名な経営者からも個人的に出資を受けている。エバーノートは、ユーザーが生涯を通じて信頼し、使い続けられるサービスを提供する「100年企業」を目指している。その1つの過程が、2013年末までに条件を整えようとしているIPOだと言う。

 エバーノートの会社規模は急拡大している。社員は2011年半ばには70名ほどだったが、2012年秋には250人と3倍に増えた。日本、中国、ロシア、スイスに拠点を持っている。特に日本は、北米に次いでユーザーが多く、2010年3月に日本語版サービスを開始し、同じ年の6月には日本法人を設立した。

(中川 ヒロミ)

米シリコンバレーにあるエバーノート新本社(写真:外村 仁)

Phil Libin(フィル・リービン)
エバーノートCEO(最高経営責任者)
世界に4000万人超のユーザーを抱える「すべて記憶する」サービス、「Evernote」を提供するエバーノート社の創業者、CEO(最高経営責任者)。エバーノート設立前にも、起業家、経営者として2社のインターネット企業のEngine5とCoreStreetを創業し、成功させた経験を持つ。Engine 5はボストンに本拠を置くインターネットソフトウェア開発企業だったが、2000年にVignette Corporation(VIGN)に売却、CoreStreetも2009年にActivIdentity(ACTI)に売却した。日本食を愛してやまない日本通でもある。