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キーパーソンに聞く

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「不満足人間」はプロセスにこだわる

コンセプトクリエーターの柴田陽子さんに聞く

森 永輔

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 コンセプトクリエーターの柴田陽子さんに話を聞いた。柴田さんは、渋谷ヒカリエのレストラン階のコンセプトを作り、話題を呼んだ。ローソンのデザート製品、「UchiCafeSWEETS」も同氏がてがけた“作品”だ。

 「分かりやすく、和を重んじて、スピーディーに」を大切にして仕事に取り組んでいる。いずれも、結果ではなくプロセスに関するモットーだ。柴田さんがプロセスにこだわる理由は何か。

(聞き手は森 永輔)

――2012年4月にオープンした渋谷ヒカリエのレストラン階のコンセプト作りが評判を呼んでいます。

柴田:ヒカリエは、東急電鉄が、渋谷をもっといい街にするための再開発プロジェクトの第1弾に位置付けたプロジェクトです。「レストランフロアに特徴を持たせたい。それを、お客様にヒカリエを知っていただくきっかけにしたい」というリクエストを受けました。

柴田陽子さん
1971年生まれ。95年、外食企業に入社。役員秘書を3年務めた後、化粧品会社へ出向。業態開発や商品開発、サロンの店長を経験。2000年、外食企業に戻り、新規レストランの開発を担当。2003年、レストラン開発会社の取締役に就任。飲食店の業態開発やコンサルタントに携わる。2004年に「柴田陽子事務所」を設立。
(写真:加藤 康、以下同)

 渋谷は日本を代表する街、日本を語る上で欠かせない街です。その再開発プロジェクトにかかわらせていただくことは、非常にやりがいがあると思いました。

 6階と7階がレストランフロアになっています。6階のコンセプトは、お客様が「あそこのあれを食べに行こう」と目的を持って訪れるフロアです。お客様が、想像しただけでよだれが出てしまうような個性際立った専門店をテナントに選びました。

 いっぽう、7階は「よく分からないけど、あのフロアで待ち合わせしよう。行ってから食べるものを決めよう」という「場所」としてのレストランフロアを目指しました。

 この前、ある若者が電車の中で「取りあえず、ヒカリエの7階で集まればいいよね」と友達と話をしているのに出くわしました。「ああ、狙い通りだ」。狙いが現実になった時は、すごくうれしいですよね。

ターゲット顧客を細部まで想像する

――柴田さんは「コンセプトクリエーター」と名乗られています。「ブランド」と「コンセプト」はどう違うのでしょう。

柴田:ブランドは、企業や商品、サービスがある特定の特徴を持っていて、ファンに支持されるものですね。この特徴がコンセプトです。以前、ローソンのスウィーツ商品「UchiCafeSWEETS」に取り組みました。このブランドのコンセプトは「いつでもおうちがカフェになる」でした。

 タクシーの日本交通のブランド力を高めるために「ビジネスクラスのタクシー」というコンセプトを作りました。タクシーは料金やクルマの広さで差別化することが難しい。だから、サービスの質で、支持される特徴を作ろうと考えました。

――「コンセプト」って、どうやって作るんですか。

柴田:コンセプト作りは、クライアントの強みと弱みをきちっと把握して、それから、市場で受け入れられるかどうか時代性を測って、そして、それらをミックスするときにアイデアというスパイスをちょちょっと入れる。

――どんな才能が必要なんでしょう。学校に行って勉強すればなれるものですか。それとも特殊な才能が必要でしょうか。

柴田:学校に行ってスキルを身に付ければ、「クリエーター」と呼ばれる職業に就くことはできます。ただし、一流のクリエーターになるためには才能が必要だと思います。

――なるほど。具体的には、どんな才能が必要なんですか。

柴田:人が思い付かない表現、人が共感する表現を考える力。理由もなく心が動くものを作る力。マーケティング調査には表れない「時代」をとらえるセンス。などだと思います。

――アイデアってどんな時に浮かぶんですか。

柴田:私の場合は、そのことについて一生懸命、考えてる時ですね。

 それと、対話をしている時。スタッフと話をしている時とか。1人の時は、本と話をする。

――本は、どんな本ですか。

柴田:商業施設の本とか、建築物の本とか…

――ビジネスに関連する本なんですね。小説を読みながら……はない。

柴田:それはないですね(笑)。

――柴田さんの著書を読むと、アイデアを作る時に「個人」が重要な役割を果たしていますね。「エミコさん」とか、「アレックス」とか。

柴田:そうですね。強いコンセプトを作るにはイメージターゲットが必要なんです。ターゲットを限定した方が、万人受けする茫洋なものではなく、魅力的な個性を持ったコンセプトができる。だから、なるべく個人をイメージする。この個人は、現実に存在する人でも、架空の人でもかまいません。

 プロジェクトメンバーとアイデアを共有し、それを深める時も、そのターゲットの人となりやプロフィールが明確であればあるほど、皆さん、想像しやすい。「20代女性」と言っても、メンバーが思い浮かべるイメージはばらばらじゃないですか。共通の目標に向かった会話ができない。でも「年収が300万円」という情報が加われば、「300万円だと、そんなところ行きませんよ」と議論が一歩先へ進む。

 イメージは映像です。頭の中に、複数の映像を同時に映すことはできません。だから、イメージターゲットを「1人」にまで限定することが大切ですね。このターゲットの設定を間違えると商売自体もうまくいかないです。

 そして、このターゲットのライフスタイルの中に、アピールしたいブランドが自然な形で組み入れられるように考える。

――ヒカリエのイメージターゲットはどんな人だったんですか。

柴田:7階の場合、青山の骨董通り、南青山あたりのデザイン事務所に勤めている……。

――そんなところまで考えるんですか。

柴田:そうです。

 いつも仕事が終わるのは遅い。でも金曜日に、食事をすることにした。だけど、みんな終わる時間がばらばらじゃないですか、そういう人は。5時にチャイムが鳴って終わりということがないから。7時に終わる人もいれば、9時ぐらいまでかかる人もいる。

――そうか、そうするとみんなばらばらに来るから、7階で落ち合ってから決めようというふうになるわけですね。

柴田:はい。

10年続くコンセプトを作る

――コンセプト作りの中で、柴田さんが大事にしていることは何ですか。「ヒットを飛ばす、とかは考えていない」と聞いたことがあります。クリエーターって「今を追う」「トレンドを意識する」職業なんだと思っていました。

柴田:ええ、ヒットを飛ばすことは考えません。

 私は「10年続くコンセプト」を考えるようにしています。立ち上げた時に良いのは当たり前。老舗を見て「何でこれは10年続いているの」と考えたりすることが多いです。

――「今」を意識することはない?

柴田:あまりないですね。

 「今、既にあるもの」は作りたくないじゃないですか。今あるものの中に「ヒント」はあるけれども、「答え」はないと考えています。

――でも、クライアントは「今」儲けたいと考えるのでは。ビジネスだから。そうだとすると、今、ヒットになるもの、トレンドになるものを求められるんじゃないでしょうか。クライアントと利害が一致しないところが出てくるのでは。

柴田:私は芸術家ではありません。「来年の売り上げは対前年比○%増」とか、「坪当たりの売り上げをいくら増やす」とか、クライアントとの目標をまず共有して、それを実現するのに必要な「勝てるコンセプト」を作るのが仕事です。

 立ち上げの時に成功させるのは欠かせない要素。そのうえで、10年後も続くことを考えています。

――柴田さんは、コンセプトクリエーションと同時に、企業の業務マニュアル作りも手がけています。マニュアル作りまで踏み込むサービスは珍しいのではないですか。「コンセプト」作りだけなら、広告代理店とかコンサルタントとかもやっていますが。

柴田:あるコンセプトを実現するための手段をメニューに持っている、ということなんです。

 先程の日本交通の例で言えば、「ビジネスクラスのタクシー」を実現するためには車内環境を奇麗にすることが大事。ならば、それをどう実現するか、も考える必要がある。5000人の運転手さんに同じマニュアルを読んでもらって、実践してもらって、はじめてコンセプトが実現できるわけです。

 「作ったコンセプトを実現するまでの具体的な手法はないんですか」とクライアントに求められて、「それはありません」と答えるのは格好悪いじゃないですか。じゃあ、どうしたらいいのかと考えるうちに、「じゃあ、マニュアルを使ってコンセプトを実現しよう」という発想になりました。

――柴田さんがコンセプトクリエーションを仕事として意識したのはいつからですか。

柴田:12~13年前にレインボー・ロール・スシというレストランの立ち上げに取り組みました。「どんなレストランをつくりたいのか」を考え、当時勤めていた会社の役員会を通すことが最初の仕事でした。その時に初めて、コンセプトを言葉にする、その言葉を使って社内を説得する、その言葉を使って仲間を動かす、その言葉を使ってお客さんを呼ぶ、という経験をしました。

――楽しかったですか。

柴田:はい、楽しかったです。共感できるコンセプトがあるところには人が集まる。思いが集まる。コンセプトがあると、これだけ仕事は楽しくなるんだな、ということに気づきました。

――そこで良い経験をされたのが、後々の独立につながったということですね。

柴田:はい、そうです。

高い成果を上げるため過程にこだわる

――独立して、2004年に柴田陽子事務所を設立しました。「シバジム(柴田陽子事務所)スタイル」と題して、「分かりやすく、和を重んじて、スピーディーに。」を大切にするとうたっています。いずれもプロセスに関することですね。結果ではなく。それはなぜですか。

柴田:私はものすごい結果主義者だと思います。

――え、そうなんですか。

柴田:はい。ただ、結果は過程を重ねたものです。結果を出すためには過程を磨くしかないと考えています。例えば野球選手が打率を上げられるかどうかは、どういう練習を積むかにかかっていると思うのです。良い結果を出したいから、過程にフォーカスするということだと思うんですね。

 私、実は不満足人間なんです。なかなか満足できない。ヒカリエだって、場所が良いから、お客様は来てくれる。だけど、最初のうちだけかもしれない。「10年続いてみないと分からないでしょ」と考えてしまう。

――そうか、結果を問わないのではなくて、高いゴールがある。先ほど「立ち上げた時に良いのは当たり前。老舗を見て『何でこれは10年続いているの』と考える」と伺いました。それを高い確率、打率で実現するために、過程を重視する。

柴田:はい、そうです。

――過程の中でも、「分かりやすく」「和を重んじて」「スピーディー」という3つを重視しているのはなぜですか。

柴田:「分かりやすく」は、1人で実現できることはないからです。プロジェクトメンバーと同じイメージを共有できれば、プロジェクトの効率と質が上がります。分かりにくいものは共有できません。

 「和を重んじて」も、プロジェクトメンバーが目指す方向を一致させ、皆がやる気を出さないと良い結果につながらないからです。高い志を持つ人が集まり、仲良く、切磋琢磨できるのが良い結果を生むチームです。これを作るためには、個人が立つのではなく、和を重んじることが必要です。

 「スピード」は、頑張って考えて、良い段取りを組めば、同じことを半分の時間でできるから。結果をたくさん出すためには、たくさんの仕事をする必要があります。たくさんの実績を短い時間で積み上げるためには、速くやるしかない。速くやるにはどうしたらいいか。まず、「スピード」という価値を意識しないと、絶対に速くなりません。

――柴田さんの事務所は「柴田陽子事務所」という名称です。後継者についてはどう考えていますか。気の早い話で恐縮です。でも、柴田さんが引退したら、柴田陽子事務所はどうなるのか気になったので。

柴田:それはずっと悩んでいた問題なんです。でも、最近、悩むのをやめました。

――悩むことをやめた?

柴田:はい。

 私が引退して、みんなバイバイというのは、社員に対して失礼だと思います。だから、私の後継者を組織として作ることを目標にしたこともありました。でも、私という人には誰もなれません。私だからできることを他の人に強要するのは苦しい。強要された人も、それを望むとは限らない。それに、実績を積む中で自分流のやり方をみつけだし、私よりもっと良いものを作り出せる人もいます。そういう人は、その人流にやっていってもらえばいいと思っています。

 今は、1人でも多くの人が、私の事務所で働いたことをきっかけに幸せになってくれればいいなと思っています。

――そうすると、柴田さんの仕事を継ぐことがハッピーだと思ってくれる、実力ある人が現れたら、その時はその人に譲ればいいとお考えですか。

柴田:そうですね。

 ただし、シバジムのメソッドというか、シバジム流のやり方や流儀を会社に残すことを意識して、努力しているつもりです。

――最後に、これから、どんな仕事に挑戦したいですか

柴田:病院のコンセプト作りにかかわってみたいですね。

――え、何で病院なんですか。

柴田:私、人生は思い出だと思っています。うちの母親が思い出話をする時、本当に楽しそうなんですよ。小学生のときにそれに気づきました。「おばちゃんは思い出で食っていくんだ」みたいなことを考えました。その思い出の量と質で、自分の価値を感じることができる。

 人生のどんな1ページも、演出によって良い思い出に変わるじゃないですか。ちょっとした工夫や、ちょっとした思いやりで、何気ないシーンが記憶に残るものになる。

 病院という場所はわりとつらい思い出だったり、ない方がいい時期と思うことが多いと思います。だから、病院を「あってよかった現場」にすることに興味があるんです。

 私が関わったものが、誰かの役に立ったらうれしいなと思っています。