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キーパーソンに聞く

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やる気が出て仕事が楽しくなり、出世の手伝いもしてくれるソフトとは?

野村直之・メタデータ社長に聞く

秋山 知子

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人間の自然な言語をコンピュータが理解し、これまでになかった用途を広げる技術が注目されている。とどまる所を知らない情報爆発とネットの普遍化がその背景にある。人間を雑用から解放し、創造性を刺激してくれるという技術はどこまで進化しているのか。かつては機械翻訳やテキストマイニングツール「ConceptBase」の開発に携わり、自然言語処理の可能性を追い続けている野村直之・メタデータ社長に聞いた。
野村 直之(のむら・なおゆき)氏
メタデータ代表取締役。1962年生まれ。NEC C&C研究所、ジャストシステム、法政大学大学院客員教授などを経て2005年にメタデータ株式会社を設立。著書に「Word Net」(MIT Press、共著)、「Hadoop MapReduce デザインパターン ―MapReduceによる大規模テキストデータ処理」(¥2,940・オライリージャパン、監修)(撮影:丸毛 透)

――フェイスブックをやっている人は周囲でも本当に増えているんですが、上司がフェイスブックに投稿した内容を自動的にチェックし、内容を判断して「いいね!」を付けてくれる「シャチクノミカタ」(社畜の味方)というアプリが一部で話題になっていますね。会社員が出世するために仕事以外で努力することといえば、昔は上司の飲みにつき合うとかゴルフにつき合うとかでしたけど、今やフェイスブックですかと思いましたが。このアプリに野村さんのメタデータ社が開発した技術が使われているそうですね。

野村:アプリの開発者はきくもとひさとしさんという方で、リクルート主催の「Mashup Awards8」というコンテストで優秀賞を受賞されました。

 ネガティブ(否定的)な暗い内容の投稿に「いいね!」を付けてしまっては逆効果なので、「すごくポジ(肯定的)の時だけいいね!を付ける」といった条件を設定できる機能があります。その日本語の解析機能に、当社の「日本語ネガポジAPI」というソフトウエアを使っています。個別の単語だけでなく文脈全体を考慮して、文章が肯定的か、否定的かの度合いをソフトが判断します。

――1日分の上司の投稿を全部まとめた「日刊上司メールマガジン」を毎日送信してくれたり、便利というか笑える半面、いかにも日本的で何だかなと思ったり。ただ、なぜこういうアプリに対して気持ちが動いてしまうのかなと考えてみると、やはり身の回りの情報が既にさばききれないほどの量になってしまっている現状があるからなんでしょうね。

野村:2001年頃からの情報量の増え方はすさまじくて、まさに情報爆発です。例えばネット上にはいろいろな投稿サイトがありますが、趣味的な投稿サイトが多かった頃は、時間をかけて内容を読むこともできましたが、巨大化してしまった現在ではもう不可能です。ビジネスの世界でも扱う情報量はどんどん増えています。企業の現場から上がってくるデータはリアルタイム化して経営情報は膨大になっています。専門知識を検索して探り当てるにも、研究論文が膨大になりすぎて、検索結果すべてには到底目を通しきれません。「1000ページの文書に15分で目を通して、ちゃんと理解できる」ような、大量の情報をさばくための技術が、以前にも増して求められているんです。

――最近では、ソーシャルメディア上にある消費者の本音や口コミを収集・分析して、マーケティングとか企業のリスク管理に生かしましょうという取り組みも増えていますね。

野村:例えば中国版SNSである微博(ウェイボー)などは、4億人のユーザーがいて、1秒間に1800回も投稿がされています。こんなに膨大な情報の中身を人間が逐一見て解析できるわけがありません。膨大なインプットに対して、本当に必要なことを短時間で把握したいというニーズがすごく高まっているのは確かです。

「情報爆発」によって様々なニーズが顕在化した

――膨大な情報を要約する技術ですね。

野村:単に「情報量を減らす」のでは意味がありません。要点を短時間で理解して把握できるようにするための要約です。テキスト情報が持っている様々なメタデータ(内容に関する属性情報)をソフトが自動的に判断して抽出します。ビジネス文書なら「目次」「ヘッドライン」などです。さらに複数の文書についてこれらを串刺しにしてサマリーを作ります。全体を俯瞰して見られると同時に細部も瞬時に見ることができるというイメージです。

――そもそも、自然言語処理の技術は以前からあったわけですが、ここに来て応用例が増えはじめた印象です。なぜですか。

野村:1つには、利用の目的を手近なところに持ってきたからと言えます。

 例えば自然言語処理の応用例として結構昔からあって、誰もが思いつくのが機械翻訳ですが、実はすごく高度な応用例で、人間が満足できる精度まで持っていくためにかかるコストになかなか見合わなかったんです。一番難しい応用例に先に取り組んでしまったわけです。

 今でも覚えていますが、私が大手メーカーで初の機械翻訳システムの開発に携わった時、最初に「それは大きい。」という日本語を英語に翻訳させたら、出てきたのが「The winding is big.」という答えでした。「それ」を「反れ」と解釈したんですね。これは衝撃でした。

 今でこそGoogle翻訳などは誰でも使うようになったし、専門用語が多い文章などある条件の下ならかなりのレベルまで使えるようになりました。ただ、例えば詩や文学作品の翻訳なんかは人間でないと無理です。それは本来、機械ではなく人がやるべきことですが。

 一方で、「ある企業に対するネット上の口コミを100万個集めてきて、悪評がこの1カ月でどれぐらい増えているか」を知るのに、それほど高い精度は必要ありません。「1カ月前は2割だったのに、7割に増えているよ」ぐらい分かれば事足りるわけです。

 あるいは、企業は顧客情報など大量の個人情報を内部で管理していますが、時々漏えいして社会問題になります。しかも管理すべき情報量は年々急増しています。ソフトがデータの内容を理解して「この部分は個人情報が含まれている可能性が高い」と判断して自動的に伏せ字にすることで、漏えい防止策のレベルは大きく向上します。

 情報爆発が起きたことによって、従来はなかった、しかも潜在的に大きなニーズにユーザー自身が次々と気づいてきたというわけです。

――なるほど。潜在的なニーズはほかにもいろいろありそうですね。

ネット上への技術の公開でアプリ開発が加速

野村:こうした技術の究極の目的は、「人間がより人間らしい仕事に集中する」ための支援にあると思います。大量のインプットを上手にさばいて、より短い時間でサクッと楽しく仕事ができるようにするにはどうすればいいか、ということです。

 例えば、ホワイトカラーの業務のうち単純事務労働の比率はまだとても高い。中間管理職は業務時間の4割をアポ取りやスケジュール調整に割いているといいます。「AさんとBさんの予定を確認して、来週のどこかでミーティングを設定する。場所はいつものところ」とか「Cさんからメールが来たらDさんにレポート作成を依頼して、メールに書いてある締切の日が来たら督促する」とか、人間の秘書がいて口で伝えるなら10秒もかからないけど、それを自分でいちいちやるとやはり時間がかかりますよね。もしソフトがこれらの言葉と意図を理解してその通りやってくれたら雑用に忙殺されずに済み、その分の時間を人間相手のコミュニケーションなど、もっと有効なことに使えます。

 「AさんとBさんの予定を確認して、来週のどこかでミーティングを…」といったテキストから「5W1H」のメタデータを自動抽出して、例えばGoogleカレンダーのAPIに渡してやれば、専用秘書として働いてくれるアプリが組めます。5W1Hの抽出技術を作って開発された「メイドめーる」というアプリは、あらかじめGoogleカレンダーに登録しておけば、その日の予定を毎日メールでお知らせしてくれるというものです。メールへの返信で「再来週の火曜日の19時から飲み会」と新たに予定を登録することもできます。再来週の火曜日が何月何日なのかはアプリが調べてくれます。このアプリにも当社の自然言語処理エンジンが使われています。

――便利ですね。ほかにもいろいろなアプリを、外部の様々な人が開発していますね。

野村:ネットの進化で可能になったクラウドソーシングですね。あるカナダの鉱山会社が、10年かけて金鉱脈を探索したけど見つけられなかった。そこで10年分の探索データをネットに公開して懸賞金をかけたら、1カ月もしないうちにそのデータ解析を基にものすごく安いコストで発見できました。もちろん知財の見きわめは必要ですが、積極的に技術を公開することで、安いコストで大きな結果を得られます。アプリのアイデアという豊富な金鉱脈を発見できるわけです。そのためのインフラは既に整備されているので。

やる気を出させる“ツンデレ”ソフトも近々登場

野村:ソフトも、下手に作ると人間を怠惰にしたりダメにしてしまったりします。あるいは、チャプリンのモダンタイムズのような、人間が機械の歯車になることを強いるようなソフトでもいけません。

 人間が物事をより広く見渡すことができて、意思決定に必要な情報を限られた時間内に把握して、判断できるようにすること。つまり人間がより賢く、パワーアップするための役に立つことが条件です。

――これまでは、人間がシステムに合わせなくてはいけない部分が多すぎましたね。

野村:それと、人間がサボりたい時にはサボることができ、かつ、ここは人間がやらなきゃというところはサッと取って代われる。そういう仕組みがこれからのIT(情報技術)にすごく大事だと思います。最初に紹介した「シャチクノミカタ」の意味もそういうところにあると思います。

 誰しも“人柱”にはなりたくないので、そういうところはソフトに任せる。人間関係でも、お互い本当に関心度が高い時だけ人間同士が向き合えばいい。あまり関心を払いたくない時の、雑用みたいなことはソフトがやってくれる。そういうわがままをかなえてくれるというイメージです。

 単に雑用をやってくれるだけではなくて、もっとアグレッシブな仕組みも開発中です。例えば仕事をする時に、どうしても気分が乗らないとか、逆にノリノリで次々発想がわいたりスピードアップできたりする時があります。そういう仕事の「ノリ」を触発してくれるようなエージェント(代理ソフト)があったらいいですよね。

――仕事にノリノリにしてくれるソフトですか。いったいどうやって。

野村:まず、人間のやる気やノリは環境に大きく影響されるので、環境整備をしてくれるソフトとかですね。前回ノリノリで仕事ができた時の状況、例えばパソコンのデスクトップ環境などを再現してくれたり。膨大な履歴を覚えておくのは機械の得意分野ですから。

 また、ノリや発想を刺激するような受け答えができるソフトも作れるでしょう。何かを頼むと文句を言ったりツッコミを入れたりしながらやってくれる「ツンデレ」キャラなんかどうでしょうか。

 これは東工大教授だった木村泉先生が当時書かれていたことですが、プレゼンテーションの練習をする際に、たった1人でやるよりも誰か目線をくれる相手がいるだけで全然違う。たとえネコでもいたほうがいいんです。それと同じようなことで、こちらが何か発信すれば、それを理解して、予想よりやや斜め上の反応を返してくるようなソフトがあれば、思わぬ方向に発想が刺激されることもあるかもしれません。時には突っ込んだり、適当にあしらったりしながら程よく仕事のパートナーになってくれるようなソフトが登場するのもそう遠くはないと思います。