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賢者が描く10年後のインターネット

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日本人は「ロボットの心」を創れますか?

スタンフォード大学名誉教授、エドワード・ファイゲンバウム氏に聞く

原 隆、瀧口 範子

 日経ビジネスが新年より4回に渡って掲載してきた「動き出す未来」のシリーズ特集も1月28日号で最終回を迎える。1月28日号の特集のテーマは「インターネット」。普及期に入ってからまだ20年にも満たない歴史の浅いインターネットだが、今では企業、個人問わず、仕事や生活に欠かせないライフラインとしてその存在感を増している。日進月歩で急速な変化を続ける、この業界の未来を描くのは難しい。特集の執筆にあたり、日経ビジネスは様々な賢人たちに取材を進めた。「賢者が描く10年後のインターネット」では、世界の賢者の中から、選りすぐったインタビューを掲載する。第1回目はスタンフォード大学で名誉教授を務め、AI(人工知能)分野における「エキスパートシステムの父」と呼ばれるエドワード・ファイゲンバアム氏。本誌の特集「シリーズ動き出す未来(4)ネット化する70億人」とあわせてお読み頂きたい。

(写真:KOICHIRO HAYASHI)

――AI(人工知能)分野で長きにわたって活躍されています。インターネットの行く末をどう見ているのでしょうか。

 インターネットは例えて言うならばハイウェイです。交通インフラの整備が人々の未来をどう変えたのかを語る上で、道路そのものを見てしまうと問題は正しく捉えられません。むしろアトム(物質)からビット(デジタル)への世界を見ることが正しい解へと導いてくれるでしょう。

 私に今、レンズを向けているカメラマンの方を例に取りましょうか。15年前、カメラマンはフィルムを使ってアトムの世界の写真を撮影していました。今、誰しもがデジタルカメラで撮影します。家に帰れば写真のデータをパソコンに移し、画像編集ソフトで操作するでしょう。このインタビューは紙に載るのかな?オンラインに載るのかな?もしこれがオンラインに記事として公開されるのであれば、写真はずっとビットのままです。つまり、アトムが存在しない社会が訪れているという点が重要です。

 米国の映像制作会社でピクサーという会社があります。米アップルの創業者である故スティーブ・ジョブズ氏が買収した会社として有名ですよね。ピクサーはディズニーのアニメで活躍していた300人のアニメーション制作技師の仕事を消失させました。デジタルで制作し、デジタルで転送して、デジタルでプロジェクターから映す。アトムが入る余地は無くなったわけです。電子書籍も同じ。米国での電子書籍の売り上げは昨年、一昨年の2倍に膨れあがりました。加速度的にアトムが消えゆく世界になっている。

 こうしたことを踏まえた上でインターネットを見てみましょう。ハイウェイをドライブする上で最も重要なものは何か。それはインタフェースです。素晴らしいインタフェースが無ければドライブそのものが快適ではなく、遠くまで行くこともできなくなる。インタフェースを差異化するものこそ、AIのプログラムなんです。

 私はアップルのスマートフォン「iPhone 4」も「iPhone 4S」も持っています。どちらも見た目は一緒ですが、1つだけ違う点がある。それは音声で様々なアシスタントをしてくれる「Siri(シリ)」です。Siriはもともと政府の補助金によって、3億ドルもの大金をかけて始められました。スタンフォードリサーチセンター(SRI)で研究が始められ、そこからスピンアウトして「i」を付けて「Siri」と名付けられました。

AIの重要性に気づいたジョブズ氏

 ジョブズ氏はAIのプログラムがハイウェイを走る上で重要で、かつ差異化のために必要不可欠であるということを認識していました。だからこそ買収に動いた訳です。

 Siriはまだ完璧ではありません。ただ、インタフェースの意味を変えました。昔だったら電話を見て、手で指図していましたが、今なら自然言語で「ノースビーチの一番よいイタリアンレストランはどこ?」「誰々に電話をかけてくれ」といったことができます。そして「日本のGDPデータの過去10年間分を取ってきて米国のGDPと比べてグラフ化してくれ」といったこともできるようになっていきます。

 私はAIはITのどこに統合されるようになるのかという質問をよく受けます。ここでよく話すのは「How(どのように)」と「What(何)」の違いです。Howというのはステップごとに指示が必要で、これをやったら次はこれをやってという非常に馬鹿なステップを踏まなければなりません。

 ところが、Whatというのは「こういうことがやりたい」「あの人のことが知りたい」に答えるということです。Whatで問いかければAIがそれを理解する訳です。つまり、AIはWhatという問いかけに返すために最も重要な要素な訳です。とはいえ、ちゃんとした話し方、分かりやすい言葉を使わなければならないなど、完成型には至っていません。ただ、「なぜ空は青いのか」とグーグルで検索すれば様々な答えが返ってきます。これは過去に検索した人がいたからです。いずれは、もごもご話をしても、曖昧な問いかけをしても、AIは理解するようになります。

 これをITで実現していくのは、とても難しいことなんですね。というのは、AIを鍵に素晴らしいインタフェースを作るのは、過去の延長線上でやっていれば実現できるということでもない。イノベーションとしての飛躍がなければならないんです。だから米国防総省の機関であるDARPA(国防高等研究計画局)が3億ドルもかけてSiriを開発したのは、それだけのイノベーションが必要だったということなんです。

――AIの観点から見て、どの企業が次の10年の主導権を握ると見ていますか?

 グーグルは創業当初から世界の情報を整理すると語っていたように、極めてAIの傾向が強い会社です。そのうえ、自動走行車の実験をしたり、超高速光ファイバー事業を始めたりと、何にでも挑戦する文化を持っています。世界中の最も優れた人々が集まっている会社で、まさにイノベーターにとっての天国と言える。次の10年も覇者であり続ける可能性は十分あるでしょう。

 一方、アップルもまたデザイン、品質、カスタマーサービスの分野で驚くべきことを成し遂げた企業と言えます。この会社には昔から偉大なソフトウエアを作るんだという意気込みがありました。アップルは今、AIの技術を習得する過程にあります。恐らく、様々な端末やサービスでAIを活用するようになるでしょうね。

 今年、米アップルがテレビを出すと噂されていますが、Siriを載せてくるでしょう。例えば「黒澤のサムライの映画で無料放映があったら録画をしておいてくれ」と音声で指示すれば勝手に理解して録画してくれるようになる訳です。もちろん手でも操作できますが、どうしても時間がかかってしまいます。アップルは今後のロードマップにおいてSiriが大切になるということを理解しています。

 パソコンの時代を引っ張ったマイクロソフトの存在も忘れてはいけません。「マイクロソフトリサーチ」は世界で最も優れたコンピューター、及びIT(情報技術)の研究所です。マイクロソフトはつい最近まではIT業界における売上高1位を目指していたが、革新的な製品に対する需要が高まっていると見て、死に物狂いで企業文化を変えようとしている。今後、優れた研究の多くが製品となって生み出されていくでしょう。眠れる巨人が目を覚ましつつある、とでも言いましょうか。

(写真:KOICHIRO HAYASHI)

 ただ、いずれにしてもどの会社も大きな障害にぶち当たるのは分かっています。インタフェースをAIと統合するテクノロジーを成功させるためには、長い時間、何度も繰り返して取り組むことしか解決策はありません。

 そして日経ビジネスの読者の皆さんに特に申し上げたいことがあります。次の10年間を主導していく企業の話の中で、日本企業がこうした議論に列挙されることがありません。この背景を特に私は主張したいのです。

目に見えないソフトウエアを軽視する日本

――確かにインターネット業界における日本企業の存在感は現時点で薄いと言わざるを得ません。教授は日本企業の弱点がどこにあると見ていますか。

 先ほども申し上げたような世界を実現するのは極めて難しいことです。日本企業がアップルやグーグル、マイクロソフトに追いつくのは不可能と言わざるを得ない。この理由は明確です。日本はこの手の開発をしてこなかったからです。

 ソフトウエア開発が得意ではないことに加え、この問題を真剣に捉えようとしませんでした。ソフトウエアは蒸気のようなもので目に見えません。つまりアトムではありません。日本のビジネス文化は目に見えないソフトウエアの重要性を理解しませんでした。大学を卒業し、電気エンジニアとして働くことが良しとされ、プログラマーは活躍の場もなく、正当な評価もされなかった。

 そのうちプログラマーはソフトウエアエンジニアと名を変えましたが、このときも日本の人たちは笑いました。空気をやり取りしているだけじゃないかとね。この認識は日本の文化に根深く残っており、その認識が大学や企業、デザイン分野に関してまで影響を及ぼしています。

 ソニーがアップルのiPodを見たときに「これはウォークマンキラーになってしまう」ということには気付きました。そしてiPod対策として実に綺麗なプロダクトを作りました。ただ、それは形こそ綺麗でしたが、ソフトウエアが極めてお粗末でした。ソニーが今、うまくいっていないのは必然と言えます。

 日本がこの状況を正しく理解するためには、Siriが開発され、iPhoneに統合され、我々が使うまでのプロセスに目を向けなければなりません。まず、Siriの原型は米政府の補助金でプロジェクトとして始まりました。DARPAの中に、その必要性を理解するマネージャーがいたわけです。もちろん日本でも補助金の出るプロジェクトはあります。だが、その後が決定的に違う。

 プロジェクトの終了とともに、米国では製品化するために企業が興される訳です。そして大企業がその会社を買収した。こういう一連のプロセスがあって、革新的な技術が実用化されているということが、日本ではあまり理解されていないように思います。

 もちろん米国でもグーグルやフェイスブックのように、買収されずに巨大化する企業はあります。あのマイクロソフトですら検索エンジンの開発には乗り遅れました。グーグルの対抗策として彼らは「Bing(ビング)」と呼ぶ検索エンジンを開発しましたが、AIの要素が必要になり、ワシントン大学の先生が開発していたものを買い取り統合させました。それで登場したのが「Bing Travel」です。私はこのサイトはかなりいいサイトだと評価しています。だがこうした動きは、日本ではあまり理解されていません。

――教授が日本のテクノロジー業界に造詣が深い理由に、過去、深く関わったプロジェクトがあります。日本で1981年、通商産業省(現:経済産業省)が立ち上げた国家プロジェクトです。世界で先を行こうとする「第五世代コンピューター」を作る構想が生まれ、92年に開発が終焉しました。570億円もの大金を投資して実にならなかったとして当時、話題になりましたね。

 教授は「第五世代コンピュータ― 日本の挑戦」と題した書籍を出すなど、同プロジェクトに多大な関心を寄せ、深く関わられていました。大きな失敗として語られることの多いプロジェクトですが、この理由をどう分析していますか?

(写真:KOICHIRO HAYASHI)

 まず、最初に申し上げたいのは、当時、研究者のトップであった渕一博さんは、それはそれは素晴らしいアイデアを持っていた方ということです。このプロジェクトにはAI分野の進化を大幅に進めること、主要なAIアプリケーションを創ること、並列コンピューターを使って処理を高速化させることなど複数の目的がありました。私はこのプロジェクトに関心があり、淵さんを含めかなりの方々と親交を深めました。

 あれはちょうどプロジェクトの中間地点である5年が経過したときです。私は日本で開催されたシンポジウムで講演をしました。そこで私はとにかく早くアプリケーション開発に着手すべきだと口を酸っぱくしてアドバイスしました。私はアプリケーション側の人間ですから、開発に時間がかかることは分かっていました。10年くらいは軽くかかってしまいますから。

 当時、このプロジェクトは極めてベーシックなハードウエアとソフトウエアの開発に時間をかけ過ぎていて、アプリケーションの開発は手つかずになっていたのです。今思えば、プロジェクトの最初から手掛けなければならなかったのかもしれません。

 プロジェクトの実施期間である10年が経過した時点で、アプリケーションの開発は半分ほどしか進んでいませんでした。当時、あと5年欲しいと要望が出されましたが、政府はあと1年だけと言ってプロジェクトは終わりました。しかし、期間を延ばさなくて正しかったのでは、とも思います。あのプロジェクトは10年でできるものだったと思っていましたし、もし15年かけていたら、ほかのプロジェクトに予算が回らなかったでしょうから。

 私は第五世代コンピューターの開発プロジェクト自体、失敗だとは思っていません。ただ、アプリケーションができていなかったため最終的なプロダクトに、パンチが欠けていました。当時のメディアはプロジェクトの失敗を次々に言い立てました。ただ、これは恐らく失敗ではなく時間が足りなかっただけです。スケジューリングの失敗とも言えるかもしれません。失敗ではないという理由の1つに、並列コンピューターの分野では多大な成功を収めました。若手を育てることにも成功し、その時の若者が大企業に入ってその後、活躍しました。今、超並列コンピューターで日本が世界でもトップクラスにあるのは、こうした当時のプロジェクトの成果だと言えます。

“アトム”よりも“ビット”を破壊するほうが簡単

――今後、ファイゲンバアム教授がインターネットの未来を考える上で懸念していることは何でしょうか。

 最重要の課題はサイバーセキュリティでしょう。インターネットの先祖はARPANET(アーパネット)いう研究者たちが使っていたネットワークですが、当時は利用者が限定されたネットワークだったため、サイバーセキュリティにまで考えが及びませんでした。ところが、その後インターネットとして利用者が爆発的に増え、10億人が使うようになった今、セキュリティの問題が大きく顕在化しています。これは、セキュリティが統合された形でインターネットが発展してこなかったことに起因しています。

 冒頭で申し上げた通り、アトムからビットに急速に変化している現在、何をしても生活や経済はビットで表現されていきます。対岸に外国の兵士がいるとします。相手に攻撃を加えることは同時に自分の身体も傷つける可能性が高くなりますが、今では外国のネットワークを経由して相手のビットを破壊する方が簡単になっています。ロシアを破壊したいと思えば、2日間でインフォメーションインフラを破壊すれば良いし、イラン人が米国の原子力燃料を攻撃したければ金融システムにDOS攻撃をかければいい。サウジアラビアのコンピューターを混乱させて原油の生産を1分間止めることだってできる訳です。

 米国ではこうした問題に敏感でした。なぜか。米国には非常に大きな防衛組織があり、そこに多大な費用をつぎ込んできています。これを守らないわけにはいかないのです。既にサイバーセキュリティを何とかしなければならないと赤信号の状態です。

中国とボートが行ったり来たりの騒ぎではない

 私は2004年から2006年の頃、日本の政府やしかるべき部門の関係者にサイバーセキュリティ問題の重要性について一生懸命、説得しました。しかし、全然関心を持ってもらえませんでした。今、黄色信号くらいには認識しているでしょうか。日本は世界第3位の経済大国にも関わらず、あまりにも無意識過ぎる状況は非常に問題だと考えています。

 日中の間で紛争があり、ボートが行ったり来たりしているのは知っています。ただ、そういうことでは済まないのです。中国が本当に怒れば、日本のネットワークを徹底的に破壊するなど難しいことではありません。

 米国は重要性を認識し、かなり長い時間をかけて開発してきましたが、1つ分かってきているのは「シルバーブレッド(銀色の銃弾:一発で治る対策の意味)」はないということです。だが、インターネットの将来を考えるに避けては通れない課題であることに変わりません。私は今後、今とは異なるセキュリティと統合した新たなインターネットが登場するのではと見ています。今のインターネットはあまりにも大きくなり過ぎて、すぐに無くすことはできません。しかし、別途新たなインターネットを立ち上げて並列に運用し、徐々にユーザーを移行させることはできるはずです。

 セキュリティの問題は、すなわちソフトウエアの問題です。だからここでも日本がイノベーターになる可能性は低い。日本は今までソフトウエアにおいてイノベーターだった歴史はありません。

――日本と米国でそこまで危機意識に差が出る理由はなぜでしょうか。

 私が空軍の科学者をしていた94年から97年、幹部向けの最後のレポートでこう記しました。「何よりもソフトウエアが重要な世界が今後、来るんだ」と。米国はこれを理解しましたが、日本はやはり理解してくれませんでした。今でも理解できていないのではないでしょうか。日本は美しいロボットを創り出す技術を持っています。ただ、ソフトウエアはどこにあるのでしょうか。ロボットの心はどこにあるのでしょうか。

 大学で何を教えるのかということも影響を及ぼしていて、日本にはソフトウエアに関して十分に教育できる先生がいない。私が在籍するスタンフォード大学はアップルのコンテンツ配信プラットフォームである「iTunes(アイチューンズ)」上で大学の講義を公開する「iTunes U(アイチューンズユー)」に最初に乗り出しました。そこで最も人気のあるコースはソフトウエアに関する講義で、iPhoneやiPodのアプリのプログラムを学ぶコースです。それだけ世界中の人達が知りたいと思っている訳です。

 スタンフォードは数多くのソフトウエアで著名な人材を輩出している大学です。日本の大学で果たしてこうしたことが起こっているのでしょうか。