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不機嫌な人には椅子をすすめることだ

【1】名馬ブケファロス

  • アラン

  • 翻訳 村井 章子

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2012年4月23日(月)

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連載のはじめに

 『幸福論』の著者アラン(Alain)は1868年に生まれ、1951年に83歳で亡くなりました。アランは筆名で、本名はエミール=オーギュスト・シャルチエ(Emile-Auguste Chartier)といいます。アランについてはあちこちで取り上げられ、翻訳も多数出ていることですから、ここでは『幸福論』を読むうえでぜひ知っておきたい4つの点をお話ししようと思います。

第一次大戦に従軍、終生高校の哲学教師

 まず1点目は、アランが激動の時代を生きたこと、とりわけ二つの大戦を生きたことです。1914年、46歳のときに第一次世界大戦が始まり、1939年、71歳のときに第二次世界大戦が勃発しました。

 2点目は、そのうち一つの大戦――第一次大戦にアラン自身が従軍したことです。このときアランは46歳で兵役義務はなかったにもかかわらず、そして戦争を憎んでいたにもかかわらず、しかもアンリ四世校という名門中の名門の学校で哲学教師の職を得ていたにもかかわらず、志願して従軍しました。それも、アランの年齢と地位に配慮して後方任務が用意されたのを断り、重砲兵を希望して前線に赴いたのです。そして激戦地に身を置きながら、あるいは負傷して療養休暇中に、『非戦闘員のためのプロポ』『マルス――裁かれた戦争』などを次々に書きました。

 そして3点目は、終生リセ(高等中学校)の哲学教師であり続けたことです。各地のリセで教えた後、アンリ四世校の教師に推挙されてからは、65歳で退職するまでそこで教鞭をとりました。大学の教授資格を持ちパリ大学の教授になることも可能だったのに、あえてその道を選ばなかったのは、アラン自身がリセのときに出会った哲学の先生の影響が大きかったようです。

 ここで余談になりますが、フランスは哲学教育に力を入れていることで知られ、リセの最高学年になると、人文系を選んだ生徒は週に8時間(!)、理数系でも週4時間は哲学を学ぶことになっています。しかもバカロレアと呼ばれる大学入学資格試験では、哲学の占める比率が2割とかなり高い。哲学は日本よりずっと重みがあるのです。アランは大変優秀な教師で、パリ大学の学生が授業を聴きにきたと言われます。教え子にはアンドレ・モーロワ、シモーヌ・ヴェイユなどがいました。

コメント4件コメント/レビュー

前置きはなんだかなーでしたが、本文はめちゃめちゃ面白かった。今後に期待します。(2012/04/25)

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

前置きはなんだかなーでしたが、本文はめちゃめちゃ面白かった。今後に期待します。(2012/04/25)

>怖がっている人間は、自分のこの恐怖には十分な理由があると説明するために、何かしら危険をひねり出すものである。放射性物質騒ぎを見ていると納得できるものがあります。(2012/04/25)

 最後の一文は「第一次世界大戦」を「福島第一原子力発電所」と置き換えてもほぼそのまま通用する文章ですね。恐怖の本質がたかだか一世紀では変わらない事を如実に示しています。(2012/04/23)

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