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悲しいときに自分を責めたり呪ったりしないことだ

【6】情念

  • アラン

  • 翻訳 村井 章子

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2012年5月1日(火)

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【5】憂鬱から読む) 

今日の一言

悲しいときに自分を責めたり呪ったりしないことだ。胃袋が意見を言っていると考えたらいい。

 病気よりも情念の方が耐え難い。その理由はおそらく、情念はどれも自分の性格や考えから生まれるように見えるにもかかわらず、どうやっても抵抗できない必然の様相を呈しているからだろう。身体のけがなら、苦しまなければならないことはよくわかる。それに、痛み以外は何も問題はない。また目の前にある物の形や音や匂いが恐怖や欲望を引き起こして我慢できなくなったら、文句を言って放り出せばよろしい。そうすれば、心の平穏を取り戻すことができる。

 だが情念というやつ、これはどうにもならない。愛するにせよ憎むにせよ、目の前に対象が存在する必要がなく、心はまるで詩人の魂のように気ままに羽ばたいて、情念の対象を思い浮かべたり勝手に変えたりする。いつだってそのことを考えずにはいられない。そのうち自分の支離滅裂がまともだと思えてきて、冷静な知性に鋭く指摘されたりする。人間は、感情にはこれほど悩まされないものだ。たとえば、ひどく怖いときは必死で逃げるので、自分のことで思い悩む暇はない。

 一方、恐怖心を抱いたという恥ずかしさは、誰かからそこを突かれたりすると、怒りに変わったり言い訳になったりする。とりわけたった一人で、たいていは夜無理に眠ろうとしているときに思い浮かべる我が身の恥ずかしさといったら、もう耐えられない。そんなときは、言うなれば暇にまかせて、あてどもなく恥ずかしさを味わい尽くすことになる。自分の放った矢はことごとく自分に降りかかり、自分が自分の敵になる。情念にとらわれた人は、自分は病気ではないと思い込み、ともかくも生きて行くのに何の支障もないと言い訳する。そして最後はこんな考察にたどり着く――「情念とは自分のことだ。だがこいつは私の手には負えない」

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