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記憶の中の瞬間は、後から起きたことの光に照らされて蘇る

【14】悲劇

  • アラン

  • 村井 章子

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2012年5月15日(火)

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【13】事故から読む)

今日の一言

出来事が劇的に脚色されるのは、あとになって思い出して恐怖を感じるからである。

 このたびの大きな難破事件で助かった人たちには、おそろしい思い出が残された。舷窓に迫ってくる氷の壁。一瞬のためらいと希望。静かな洋上にまばゆく輝く巨艦。船首が下がり始め、あかりが突然消え、1800人の乗客の悲鳴が上がる。船尾が塔のようにそそり立ち、雷鳴のような轟音とともに機械類が船首の方へ落ちる。

 そしてついにこの巨大な柩は、ほとんど渦も起こさずに海中に滑り込む。冷たい夜が静寂を支配し、寒さと絶望の末にようやく救助がやって来る。眠れない夜、記憶の端々がつながって、一つひとつの断片が悲痛な意味を持ち始めるとき、この悲劇が何度も再現される。まるでよくできた戯曲のように。

現実の出来事は演劇性を押しつぶす

 『マクベス』の中には、城館に朝が来て、門衛が明け方の空と燕を眺める場面がある。くっきりと澄み渡ったすがすがしい光景だ。だが私たちは、すでに罪が犯されたことを知っている。悲劇の恐怖はここで最高潮に達する。

 同様に難破の記憶の中でも、一つひとつの瞬間は、後から起きたことの光に照らされて蘇ることになる。煌煌と灯りをともして洋上を静かに力強く進む巨大な船は、そのときは頼もしく見えた。だが記憶の中では、そして助かった人たちの夢の中や、私が思い描く想像の中では、それは悲劇を待ち受ける恐ろしい瞬間にほかならない。いまや悲劇は、苦しみをすでに知り、理解し、時々刻々と味わうたった一人の観客のために展開される。

 しかし現実の舞台には、観客はいない。立ち止まって考えることもなく、移り変わる光景と共に印象はめまぐるしく変わる。いや正確に言えば、光景をはっきり見ることなどなかった。あるのは何の脈絡もなく意味付けもされないとっさの知覚、そして何よりも、思考を圧する行動だけである。思考は一瞬ごとに沈没し、印象は表れては消え、現実の出来事は演劇性を押しつぶす。死んだ人は何を感じることもなかったにちがいない。

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