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後悔とは過ちをもう一度繰り返すこと

【57】絶望

  • アラン

  • 村井 章子

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2012年7月13日(金)

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【56】雄弁な情念から読む) 

今日の一言

過去を振り返って生まれる悲しみは、何の役にも立たないどころか、有害である。無益な反省を促し、無益な探求を強いるからだ。

 「よい人ほど些細なことで自殺するものだ」と誰かが言っている。誠実な人間が名誉を傷つけられたと思い込んで自殺すると、自分を侮辱したと思っていた当の相手が悲嘆にくれるのはよくあることだし、これからもあるだろう。このような悲劇はなかなか忘れることができない。いったい、正しく理性的でありたいと思っている人が、他人から攻撃され打ち負かされたというだけで絶望に屈してしまうように見えるのは、なぜだろうか。こうした人が絶望と戦うには、どんなふうに考えたらいいのだろう。

 状況を判断し、困難な問題を探り当て、答を探す。だがいっこうに見つからない。どうしたらいいかわからない、考えが堂々巡りする、調教場の馬のように。これが苦しいのだ、とあなたは言うだろう。自分の考えが刺のように自分を苛むのだ、と。

 いやはや、これはいけない。最初にそういう誤りに落ち込まないようにすることが肝心である。どうしたらいいかわからない問題などたくさんあるのだから、さっさと諦めたらよい。弁護士や清算人や裁判官は、この件は解決不能と決めることができるし、たとえ何も決められなくとも、それで食欲を失ったり、安眠できなくなったりすることはない。

 もつれた考えに私たちが苦しむのは、その考え自体のせいではなく、その考えにある種の抵抗を感じるからである。平たく言えば、ものごとがいまの姿であってほしくない、と願うからである。情念の働きには、どうにもならないことへの抵抗があるのだと思う。たとえば、ばかな女(または見栄っぱりの女、または薄情な女)に恋して悩んでいる男がいるとしよう。その男が悩むのは、女がそうあってほしくない、と執拗に願うからだ。

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