• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「皇子はどちらにおわします?」

【6】第二章 何進1

2012年8月27日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

【5】第一章 張角5から読む)

 後漢十二代皇帝の劉宏(りゅうこう・崩御後は霊帝。以後は皇帝宏と表記)の初めての皇子(みこ)について、あらぬ噂が流れていた。後宮はおろか宮廷人の誰もが、ほとんど姿を目にしたことがないからだ。

 産み落としたのは、皇帝宏のお覚え愛(め)でたい何(か)貴人であることは判っている。

 「皇子はどちらにおわします?」

 後宮の女たちはにこやかに訊くが、いつも大柄な何貴人から適当にいなされる。

 「里に預けてございます」

 「貴人の御出身は、確か荊州(けいしゅう・河南省南部と湖北省、湖南省を合わせた当時の地方名)でございましたわね?」

 「いつも移動していて、定まりませんの」

 旅の雑伎団にでもいるようで、誰もが煙に巻かれている。皇帝宏に訊いても、一切関知していない。彼は鷹揚(おうよう)なのではなく、子に執着しない質(たち)らしい。

 このような状況ゆえ、実際には死産だったとか、皇帝宏の子ではないとの噂が立つ。

 そのようすをほくそ笑んでいるのは、虎賁(こほん)中郎将(親衛隊佐官クラスの武官)を拝命する異母兄の何進(かしん)である。甥の居所を知っているからこそ、余裕ある態度でいられる。しかも、隠す計画を立てて実行したのが、彼自身に他ならないのだ。

 皇帝宏の最初の皇子弁(べん)が生まれ、三月ほどで首が据わった直後、彼は嬰児を襁褓(むつき)にくるんで洛陽の裏通りを歩いていた。行き先は、既に決めていたが、狭い通りには塵(ごみ)や芥(あくた)の饐(す)えた臭いが蔓延(まんえん)していた。

 このような所を選んだのは、小綺麗な宮廷生活に慣れた宦官どもが、彼の跡を付けにくいと踏んだからだ。何進自身は平気なのかといえば、身に染(し)みていていると言えた。

「サテライト「三国志」群像」のバックナンバー

一覧

「「皇子はどちらにおわします?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

「タイム・トゥ・マーケット」で売らないともうからない。

栗山 年弘 アルプス電気社長