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「黄巾賊のやつら、宛へ入ったもようです」

【13】第三章 孫堅3

2012年9月5日(水)

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【12】第三章 孫堅2から読む)

 盧植(ろしょく)の代役で赴任したのは、涼州の董卓(とうたく)という髭の濃い太った将軍だった。彼がどのように戦うか、宮中では報告を待っていた。だが、宦官どもがやけににやにやしているのが、宮廷人は気懸かりだった。

 一方、孫堅は南陽郡へ逃げた潁川(えいせん)の黄巾賊を追跡した。長社の戦いで彼らを破った朱儁(しゅしゅん)が転戦しているので、それに付いた進軍である。だが、自分が落馬させられた借りを返す意味も大いにあった。

 「やつら、宛(えん)へ入ったもようです」

 程普が、斥候の報告を伝えてきた。

 宛は現在の河南省南陽市である。当時は、荊州に含まれる南陽郡の、中心的な城邑であった。つまり、大都市であったからこそ頭目の趙弘(ちょうこう)と韓忠(かんちゅう)を擁(よう)する黄巾賊が、当面の休養を取る場所に選んだのだ。

 宛を囲んで、総大将の皇甫嵩(こうほ・すう)と朱儁は、最初兵糧攻めを考えた。しかし一カ月を過ぎた頃、宮廷で妙な異動が発令された。最近、河北へ投入された董卓に代えて、皇甫嵩が赴任させられたのだ。

 宮廷の宦官どもは董卓に、盧植ほどの働きを期待してなかった。だが、この太った将軍は、黄巾賊とほとんど干戈を交えず、睨みあっていただけらしい。これでは、盧植が鎮圧した成果が掻き消え、河北の黄巾賊は息を吹き返すことになりかねない。

 だが、今さら更迭した盧植を呼び戻しもできず、皇甫嵩を宛から引き剥がしたのだ。宦官どもは、成果を上げる将軍を嫌いながら、何もせぬ将軍では元も子もないという、板挟みで自分たちの利益のみを図っている。

「よし、攻撃をかけるぞ」

 朱儁の言葉に、孫堅はじめ程普や朱治らの部将も拳を突き出した。ここまで睨み合いがつづいたから、疲れを癒(いや)して充分に英気も養った。しかし、籠城側は物資が途絶えて、戦う気が失せ始めているようだ。

 だが、朱儁が兵糧攻めを一転させたのは、城内が飢え始めたからだけではない。これ以上つづけても、宮廷からの評価が低くなるとの思惑もあった。つまり、戦いという華々しさは宮廷人にも判り易いが、兵糧攻めでは戦場を知らぬ者に効果が伝えにくいという事情もあるのだ。

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「「黄巾賊のやつら、宛へ入ったもようです」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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