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「董卓は大将軍たる張閣下を侮っており、処刑すべきです」

【14】第三章 孫堅4

2012年9月6日(木)

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【13】第三章 孫堅3から読む)

 黄巾の乱(184年)の前後、西洋世界をはどうなっていたかを垣間見てみよう。ヨーロッパは地中海を内海とするローマ帝国華やかなりし時代である。

 1世紀にはカリギュラやネロのごとき暴君が出たが、2世紀はいわゆる五賢帝を輩出した。彼らの4人は養子だったので、中華でいう禅譲(ぜんじょう・人格者に帝位を譲ること)に似た帝位の継承にも見える。この時代、領土が最大の版図を示したことで、古代ローマ帝国全盛期であった。184年は、五賢帝最後のマルクス・アウレリウス・アントニウスが崩御した4年後に当たる。

 さて、宛(えん)で活躍した孫堅は、朱儁(しゅしゅん)の推挙で別部司馬(国軍を率いる遊撃隊の隊長)に任ぜられた。そして、その出番が早速来た。

 中平3年(186年)、涼州(甘粛省&寧夏回族自治区)で辺章(へんしょう)と韓遂(かんすい)なる豪族が反乱を起こしたので、その鎮圧に召し出されたのである。若いがゆえに折り目正しく順法精神に富んだ孫堅は、車騎将軍たる張温(ちょうおん)からの要請で、日程の約束も確実に守って長安に着いた。

 「儂より前に、皇甫(こうほ)将軍(嵩・すう)と董卓(とうたく)が兵を進めたが、結局何ら成果も上げぬまま、兵を引いたことになっている」

 張温は、苦虫を噛(か)み棄てるように言い放った。彼の言外にあるのは、皇甫嵩のお蔭で一旦は火の手が収まったということだ。

 皇甫嵩を見て、辺章と韓遂は兵を引いたのである。董卓が何もしなかったのは、河北の黄巾賊に対したときと同じだ。清流派の盧植(ろしょく)も皇甫嵩も宦官から目の敵にされ、仕事の成果が日の目を見ないのである。

 「董卓殿とは、兵を惜しむお方ですか?」

 「うむ、用心深いやつだが、涼州はやつの地元だから、今回も道案内に呼んだのだ」

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「「董卓は大将軍たる張閣下を侮っており、処刑すべきです」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官