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幸福を待っているだけでは悲しみが入ってくる

【90】幸福は寛大である

  • アラン

  • 村井 章子

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2012年9月4日(火)

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【89】幸福は徳であるから読む)

今日の一言

愛してくれる人のためになしうる最善のことは、自らが幸福になることである。

 幸福になろうと心に決め、そのために本気で取り組まなければならない。どっちつかずの傍観者を装い、扉を開いてただ幸福を待っているだけでは、きっと悲しみが入ってくるだろう。気分任せにしていたら、最後は必ず悲しみか怒りに変わる。それが悲観主義の本質である。手持ち無沙汰の子供を観察すれば、このことはすぐに確かめられるだろう。

 子供にとって遊びの魅力は絶大で、空腹やのどの渇きを癒してくれる果物の魅力ですら、これにはかなわない。だが私はそこに、遊びによって幸福になろうという強い意志を認める。それは、大人にも見られる。とにかく動き回り、コマを回し、走り、叫んでいるだけでよいのだから、ここではたしかに意志がモノを言う。どれもすぐにできることだから、やろうと思いさえすればよい。

 同じような決意は、社交の楽しみにも見受けられる。こちらはマナーに従う楽しみであり、まずは衣装や作法を守り、それがまたマナーを支えるという仕組みになっている。一方、田舎暮らしをする都会人にとっては、田舎へ行くこと自体が何よりの楽しみである。ここでは行動が、欲望を生み出す。

 自分に絶対にできないことは、やりたくもなるまい。意志を伴わないただの願望は悲しい。だから、贈り物を待つように幸福を待っている生活は、憂鬱なものになるだろう。

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