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「野良犬め、よくもやってくれたな!」

【20】第四章 董卓5

2012年9月14日(金)

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【19】第四章 董卓4から読む)

 長安で皇帝協を戴(いただ)いた董卓は、周辺で並ぶ者のない権力者となった。横暴さは洛陽にいたとき以上で、竿摩車(かんましゃ)と呼ばれる皇帝専用車を乗り回し、自分の砦を西方のビ(眉/邑)県に建設し始めた。また、どこででも、常に護衛の呂布を従えて美女連を侍(はべ)らせた。

 彼は庶民に密告を奨励した。それは、不心得な人物を捏造しての財産没収である。放っておけば、いつ自分が不心得者にされるか判らないので、庶民の密告合戦が始まる。これが、董卓の徴税や法律の施行だった。

 皇帝協を奉じて、宮廷の儀式らしいことが曲がりなりにも出来ていたのは、洛陽から引き連れてきた文官たちのお蔭であった。彼らの事務処理能力なくしては、政(まつりごと)は一歩も進まなかったはずだ。

 特に王允(おういん)、士孫瑞(しそんずい)、蔡ヨウ(巛/邑)(さいよう)といった文官らが、辛うじて洛陽宮廷の文化を伝えているといった格好だった。

 この中で、武官をじっくり観察していたのは、王允である。彼は、武官が二派に分かれていることを早くも見て取っていった。

 その一派は、呂布が連れてきた丁原(ていげん)の麾下(きか)、高順や張遼らである。もう一方は、董卓子飼いの李カク(人偏/隹)、郭シ(三水/巳)、張済(ちょうさい)、秦宜録(しんぎろく)らだ。

 彼らは、長安城内の見廻りも城外の巡察にも、それぞれで組を作って別行動していた。だから王允には、彼らの派閥が判ったのだ。

 一方董卓は、政より自らの防衛に心血を注いでいた。酸棗(さんそう)からシ(三水/巳)水関(しすいかん)へ迫っていた袁紹や曹操などの反董卓軍、南から攻撃してきた孫堅らは、皇帝が去って廃墟になった洛陽を見て愕然(がくぜん)としていよう。

 だから、彼らが皇帝奪還を旗印に、攻めてくるであろう函谷関と武関の警備は、決して怠らなかった。そうしてみれば、長安西方のビ(眉/邑)に砦を構えたのは、万が一の場合に退路を造ったことになる。その証左に、砦には三十年分の食糧備蓄があるという。

 ところが、その砦の落成式の直前、とんでもないことが起こった。式に出るため、長安の横門の外で、幔幕を張って送別の宴が催されたのだ。式に参加できない文武百官の前祝いといった格好だが、考えてみれば妙だ。祝宴へ出向く一行を送る祝宴になるからだ。

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「「野良犬め、よくもやってくれたな!」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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