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「蔡先生の庵の側に、なんであれだけの兔がいるんだろうな?」

【25】第六章 蔡ヨウ(巛-邑)1

2012年9月24日(月)

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【24】第五章 貂蝉4から読む)

 『喪(も)に服する』というのは、敬愛する師や肉親の死を悼(いた)むため、一定の期間を区切って、精進潔斎(しょうじんけっさい)、つまり肉食を断ち、行いを謹んで身を清めることをいう。

 その日数は時代によっても、また人によっても違う。我らが普通思うのは、七日や四十九日などだろう。ところが、かつては数年にもわたったこともあったらしい。

 現在の我々が肉食を断つのは、精々お通夜と告別式の当日ぐらいで、斎場から戻れば初七日の儀も同じ日に行い、翌朝にはいつもと変わらない日常を始めてしまう。

 これが良い悪いは別として、現在の一般的な日本人の姿であろう。かく言う筆者も両親の葬儀に際し、上記のごとき行動を取った一人であることを告白しておこう。

 そうでなければ、一般的な社会生活に支障をきたすからである。何も経済活動まで取り止めて、混乱した生活に塗れることを、親といえども、いや、それだからこそ望むはずはないのだ。

 後日、この延長上でなされることは、萬中陰(まんちゅういん)の香典返しと、年末年始の挨拶を遠慮する旨を書いた葉書を、師走の声を聞く前に投函することぐらいだろう。

 さて、現在の服喪は、葬式仏教とセットで語られるため、この習慣は仏教の教義から出たと思われる向きも多かろう。だが、これは紛(まぎ)れもなく儒教思想である。ちなみに、香典も儒教の考えからきている。

 儒教を集大成した孔子が他界したとき、門下生の十哲(じゅってつ・十人の優秀な弟子たち)の中で師(孔子)から一番評判の悪かった子貢(しこう)が、墓の傍(かたわ)らに庵(いおり)を建てて墓守をした。

 肉食云々は仏教の殺生思想であるから、子貢が肉を口にしたかどうかは判らないが、宴会(飲酒)どころか、公式行事への参加もできず、普通に仕事をすることも全くなかったろう。その服喪期間は3年に及んだと言うから、さぞ辛かったはずだ。

 余談であるが子貢は喪が明けて後、商売を始めて歴史的な大財閥になった。これは、商行為と会計であった彼を卑しんだ孔子に対する復讐のように映る。師への批判を込めたような半生も、また痛快の一語と言えよう。

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「「蔡先生の庵の側に、なんであれだけの兔がいるんだろうな?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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