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「おぬしが、そこまで言うのなら」

【28】第六章 蔡ヨウ(巛-邑)4

2012年9月27日(木)

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【27】第六章 蔡ヨウ(巛-邑)3から読む)

 蔡ヨウ(巛-邑)が董卓の本性を知るのに、それほど時間はかからなかった。彼は呂布を買収して、養父の丁原を裏切らせた。有り体に言えば寝首を掻かせ、軍もろとも董卓側へ転がりこませたのだ。

 だが、この程度のことなど、董卓にとってはまだ序の口だった。洛陽に君臨する彼は、やがて皇帝の首を劉弁から劉協へと箝(す)げ替(か)え、何太后やその一族を処刑した。

 皇帝を代えるとき、劉弁に皇帝としての落ち度がないと反対した盧植(ろしょく)を、董卓が処刑しようとした。だが蔡ヨウ(巛-邑)は、儒者で武将として一廉(ひとかど)の盧植を、喪(うしな)うのは国家的損失だと弁護した。

 「おぬしが、そこまで言うのなら」

 董卓は彼の顔を立てる格好で、盧植の一命を助けた。だが、皇帝協を意のままに動かし始めた董卓は、自分を最高権力者の地位に就け、横暴を極めた政(まつりごと)した。

 人事権を濫用し、勝手に官位を決めてしまった。そのため祭酒だった蔡ヨウ(巛-邑)などは、侍御史(じぎょし・管理の監察と弾劾を司る)、持書御史(じしょぎょし・法を司る御史)、尚書(しょうしょ・皇帝の秘書官)と3日で3度の出世を果たしてしまった。

 董卓の政治姿勢は多くの反発を招き、優秀な人材が洛陽を離れる結果となった。その上で軍閥が酸棗(さんそう)で共同戦線を張って、董卓を東方から睨(にら)んだ。また、孫堅は、洛陽を南から窺(うかが)っていた。

 蔡ヨウ(巛-邑)は、そのようなことに興味はなかった。ただ、古典の知識を存分に発揮できる場所さえあれば、何ら不服を言うことなどなかった。

 しかし、そうも言っていられない事態が、次々と起こり始める。董卓は権力を濫用し、官吏や庶民を虐殺し始めたのだ。帯剣していた官僚を不意に斬ったり、董卓一行と知らずに少し無礼を働いた城邑(陽人)で、人々を皆殺しにしたのだ。

 見かねた鉞騎(えつき・儀礼用の斧を持った騎兵)校尉の伍孚(ごふ)が、暗殺を計ったが未遂に終わった。そんな人物が内部から出るほど、彼の恐怖政治は甚だしかった。

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「「おぬしが、そこまで言うのなら」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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