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「やつは、兵が欲しいだけで、奪われるのが落ちですぞ」

【33】第七章 劉虞4

2012年10月4日(木)

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【32】第七章 劉虞3から読む)

 劉虞と公孫サン(王/贊)が幽州あたりで対立している間に、洛陽では目まぐるしく異変が起こっていた。皇帝宏(霊帝)が崩御して、劉弁が即位すると、宰相の何進が宦官に暗殺された。

 これに怒った袁紹と袁術が宮廷へ乗り込んで、宦官を片っ端から殺戮(さつりく)した。そこで新皇帝弁や公子(皇帝の息子)協らは、宮廷人に連れられて洛陽城を脱出した。

 ここで、漁夫の利を得たのが董卓であった。

 その頃、彼は何進から招聘(しょうへい)され、ようやく長安から函谷関を経て洛陽近辺まで辿(たど)り着いていたのだ。そして、斥候がもたらした知らせを受け、小平津(しょうへいしん)の方向へと進軍した。

 すると、そこへ皇帝弁や公子協らが、宮廷人らと逃げてきたのに行き会った。董卓は、そのまま洛陽へ入城し、皇帝を劉弁から劉協にすげ替えた。これらの場面は、以前の『孫堅』や『董卓』に描写したので割愛する。

 「大司馬(太尉と同じ。董卓が一時、もともとの呼び名に変えた)に任命し、襄賁侯(じょうふんこう・襄賁と尊称される領主貴族)の称号を与える」

 一旦は洛陽に落ち着いた董卓は、劉虞の名声を聞き、味方に引き入れようと、皇帝名でそのような処置を講じた。だが、劉虞自身がそれを聞いたのは、ずっと後のことだった。

 当時の劉虞が、ただ一つ気懸かりなのは、息子の劉和が洛陽にいることだった。彼も官僚の端くれに連なっているので、董卓の支配下にあるわけだ。劉虞は、斥候を放って洛陽のようすを窺(うかが)わせてみた。

 袁紹や袁術、曹操らが、反董卓軍を結成すると、公孫サンもその一員になると息巻いているらしい。その後、シ(三水/巳)水関の戦いで余興に一騎打ちがあったことも、洛陽を焼き尽くしての長安遷都も、順次劉虞の耳に届いてくる。

 前皇帝の劉弁は董卓に暗殺されたが、劉和は宮廷人たちと皇帝協を護衛して長安に着いたらしい。ところが、董卓は無茶な政を行って皇帝協を蔑(ないがし)ろにした。そのため、皇帝協を擁する宮廷人たちは、劉和を使って、劉虞を長安へ呼び寄せようとした。それは、皇帝を洛陽へ連れ戻すためだ。

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「「やつは、兵が欲しいだけで、奪われるのが落ちですぞ」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官