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「彼らが、このまま董卓を囲みつづけるなら、それも大いによし」

【36】第八章 陶謙2

2012年10月10日(水)

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【35】第八章 陶謙1から読む)

 とにかく都の状況は、日々目まぐるしく変わったが、董卓が居座ることである程度の安定が出はじめる。

 だが、それを潔(いさぎよ)しとしない軍閥勢力が、反董卓連合を結成して酸棗(さんそう)に集まり、シ(三水/巳)水関に拠(よ)る董卓軍と対峙した。この辺になると、後漢という政府はかなり混乱してきたことになる。

 このことは、陶謙にとって幸いだった。それは、もう以前のように国内を渡り歩くような異動が、しばらくはないことを意味するからだ。しかも、政府(皇帝と官僚)を牛耳る董卓を、周辺の軍閥たちが支持しないのであれば、それに乗っかって徐州で根を生やす方が、陶謙には得策のような気がした。

 もっとも以前の異動については、中央が宦官の腐敗政治に塗れていたのも一因だが、人に対する好悪が激しい陶謙の剛直な性格も、大いに影響していたろう。

 反董卓軍から、参加か否かの打診が来たとき、彼は「諾」と返事した。この当時、彼は袁紹らも信頼してなかったので、張ガイ(門-豈)に食糧を持たせて、援助を口実にようすを見にやらせた。

 すると、袁紹を盟主にした格好の反董卓軍は、ただ酸棗からシ(三水/巳)水関方面を睨んでいるだけで、撃って出る気配など微塵(みじん)もないとの報告が来た。

 「彼らが、このまま董卓を囲みつづけるなら、それも大いによし。儂は、徐州から静観していよう」

 その言葉には、曹豹(そうひょう)や臧覇(ぞうは)、も賛成し、本格的に徐州にある城邑を巡って順次忠誠を取り付けて来てくれた。

 陶謙には、商と応なる息子が二人いた。だが、揃って文武とも人並み以下にしかできなかった。かといって、酒色に耽る放蕩(ほうとう)者でもなかったが、あまり使えぬ不肖の息子であるには違いない。

 とにかく、側に置いて事務でも取らせようと思っていた。贔屓(ひいき)目で評価すれば、筆跡だけは少し綺麗と言えた。

 その彼らが、筆ならぬ妙な物を手にしていた。二尺(約50cm程の竹棒の先が、ほぼ直角に曲がっていて、先が5つに分かれて尖っている。

 彼らは、それで背中を掻(か)いていた。

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「「彼らが、このまま董卓を囲みつづけるなら、それも大いによし」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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檜山 敦 東京大学先端科学技術研究センター 講師