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呪われた自己~もしも自分がもう1人いたとしたら

エドガー・アラン・ポー「ウィリアム・ウィルソン」を読む(1-1)

2012年10月16日(火)

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 これからしばらくの間、新しいシリーズとして、一つの統一的なテーマで、小説やエッセーなどの作品をぼくの翻訳でお読みいただく予定である。そして作品を分析しながら、そのテーマについて考察してみたいと思う。

 第一のテーマは「分身」であり、次の三つの作品を読みながら、分身の三つの類型を考えてみたい。

 第一の類型「一人のうちの二人」。作品はエドガー・アラン・ポー「ウィリアム・ウィルソン」。
 第二の類型「不気味なもの」。作品はギイ・ド・モーパッサン「オルラ」。
 第三の類型「欲望の影」。作品はE・T・A・ホフマン「大晦日の夜の冒険」。
 今回は第一の類型「一人のうちの二人」の代表作であるポーの「ウィリアム・ウィルソン」を四つのブロックに分け、四週間にわたってお読みたいだこうと思う。ただし分量が多いので、一つのブロックを二つに分けて、火曜日と水曜日につづけてお読みいただきたい。ただし第四週は火曜日の一回で終わるので、全部で七回の連載になる。

 ところで、読者の方も、自分があともう一人いたらいいと思われたことはないだろうか。孫悟空のように、毛をぷっと吹いて、自分とそっくりな分身を作りだして、働かせることができたらいいのにと、思われたことはないだろうか。もちろん苦手なことはもう一人の自分にやってもらって、ほんとうの自分は、のうのうと好きなことをしているのだ。

 しかしこれはたんなる夢であり、そんなことが実現したのでは大変である。ぼくはもう一人のぼくとどうして折り合いをつけたらよいのだろうか。考え始めると、次々と異様な疑問に襲われることになる。人々はもう一人のぼくをほんとのぼくと区別することができるだろうか。ぼくはもう一人のぼくと出会ったとき、いったいどんな気持ちがするだろうか。もう一人のぼくのほうがほんとうのぼくでないと、断言することはできるのだろうか。

 文学の世界にも、こうした分身の物語は多い。しかしその多くは、ぼくのような呑気な空想から生まれたものではないようである。作家たちを背後から襲う分身たちは、作家たちのアイデンティティを脅かし、不気味さを味わわせる。作家たちは、分身を追い払うために、物語を書くことが多かったらしい。

 分身の物語は、〈わたし〉ほんとうの〈わたし〉であることに確信をもてない現代の人間のありかたを鋭くついていて、読者を不気味な世界に誘うのである。ここしばらくは、こうした作家たちの分身の物語をいくつか読んでいただこうと思う。

「一人のうちの二人」

 分身の物語には、いつくかの類型がある。第一の類型は、ぼくの中にもう一人のぼくがいて、それが良心としてぼくに語りかけるのだが、その良心がぼくの外部に、ぼくではない存在として登場するものだ。ハンナ・アレントは、プラトンの対話編を掘り下げながら、この良心の構造を「一人のうちの二人」として定式化した[1]。ぼくたちがものを考えるとき、必ずといってよいほど、心の中のもう一人のぼくと対話をする形で行われる。一人では考えられない。思考というものは、この自己との対話という構造をとるのだ。

 ソクラテスは『ゴルギアス』で、「わたしのリュラ[琴]やわたしが後援している合唱隊の調子があわず、不協和な状態にあっても、そして大多数の人々がわたしと意見が合わずに、反対のことを言うとしても、そのほうが、わたしというたった一人の人間がわたし自身と不調和であり、矛盾したことを言うよりも、まだましだ」[2]と語っている。外での対話の相手の議論がどんなに説得力のあるものだとしても、自宅に戻って心の中のもう一人の自分と話しあって、そこに食い違いが発生するときには、もはや思考というものが不可能になると考えたのである。

[1]ハンナ・アレント『責任と判断』中山元訳、筑摩書房、一八七ページ。
[2]プラトン『ゴルギアス』四八二C。邦訳は内藤純郎訳、『プラトン全集』第五巻、角川書店、一九三ページ。

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「呪われた自己~もしも自分がもう1人いたとしたら」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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