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ブランズビー校の思い出~アイデンティティの分裂の象徴

エドガー・アラン・ポー「ウィリアム・ウィルソン」を読む(1-2)

2012年10月17日(水)

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ブランスビー校

 この冒頭の部分では三つのことに注目しておこう。一つはポーが少年時代を過ごしたロンドン近郊のストーク・ニューイングトンにあったマナーハウス学校の思い出をほぽ忠実に語っているとみられるブランズビー校の外的な描写である。

 まずこの学校は外部から完全に遮断されていて、生徒たちは週に三回しか外に出ることが許されない。まったく孤立した宇宙を構成しているということである。そしてその外部にあるのはまた別の孤立した宇宙である教会である。

 この学校と教会は、ポーにとってはきわめて対立した二つの宇宙のようである。明確には表現されていないが、学校が日常性と世俗性を代表し、教会が精神性と聖性を代表するのは明らかだろう。主人公はこの段階では二つの分裂する世界に引き裂かれていて、そのことに疑問をもっていない。アイデンティティがまだ統一されていないのである。

ブランズビー校長

 二つ目は、ブランズビー校長にみられる人格の二重性である。主人公のアイデンティティが分裂していることは、学校の校長が教会の牧師を兼ねていて、まったく対立した人間像として描かれていることからも明らかだろう。「いかにもまじめそうで親しみ深い面持ちで、牧師らしいローブをひらめかせ、厳めしく大きな鬘には細心に粉をふりかけているこの尊師」によって、主人公は「どれほど驚異と困惑の気持ちに揺さぶられたことだろう」と語るとおりである。

 そしてこの牧師は、「ついさきほどまでは、しかめつらをして、嗅ぎ煙草で汚れた衣服をまとい、体罰用の鞭を手にして、学校の厳格な規則を守らせていたのと同じ人物」なのである。それが「なんとも巨大な逆説、解きほぐすこともできないまったく怪物的な逆説」として語られるところからも、この主人公のアイデンティティは分裂したままであることが明らかである。

 逆に言えば、校長のブランズビーは、やがてウィルソンが直面する「一人のうちの二人」の逆の像である。一人が二人に分かれるのではなく、一人が一人のままで二つの心と二つの顔をもっているのである。これは「二人のうちの一人」である。分身に苦しむウィルソンの逆である二重人格者なのだ。やがては大学時代にウィルソンもこのような二重人格者の仮面をかぶるようになることは、いずれ明らかになるだろう。

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「ブランズビー校の思い出~アイデンティティの分裂の象徴」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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