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「あの奴僕ども、我らの首を持って、董卓に差し出すつもりやもしれぬな」

【56】第十二章 陳宮3

2012年11月7日(水)

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【55】第十二章 陳宮2から読む)

 孤独(こどく)とは一人ぽっちを意味する。

 本来、「孤」とは親を亡くした子の意で、「独」とは歳を重ねても子がないことを意味していた。そこで、現在の意味と一脈通じるのは、寂寥感(せきりょうかん)であろう。

 陳宮も、常に孤独感を抱いていた人物だったようだ。それは、彼の人間性だけに起因するのではなく、出遭った者たちとの相性も大いにあったろう。

 董卓が、偶然行き会った皇帝弁と公子協の、後見人のような格好で洛陽へ入ったとき、陳宮は曹操へ、故郷のショウ(言/焦)県へ逃げる準備をするよう進言した。

 それは、董卓という人物が信用できず、協力を拒めば攻め滅ぼされそうだったからだ。だが曹操には、陳宮ほどの切迫感がまだなかった。

 案の定、董卓はそれまでの鈍重なようすとは打って変わって、まず何進の軍を自軍へ合流させ、呂布を口説いて丁原を裏切らせ、その軍兵もろとも吸収した。

 ここまでなら、手早い才覚の持ち主と、周囲からの称賛に値しよう。だが、それ以降、宮廷人の些細な過失を咎め立てては斬殺したり、通りかかった城邑の人々が無礼を働いたとて、皆殺しにするという、彼の人間性を疑われるような残虐性を示しだした。

 だから、長安にいた軍閥は、高い位を与えられても宮中へ参上せず、一斉に洛陽から逃げ出した。

「驍騎校尉(ぎょうきこうい・騎兵隊の部隊長)に任じるゆえ、今後は相国(董卓)の諮問に応えられますよう」

 曹操の屋敷へも、董卓の命を受けた宮廷人が、口上を述べにやってきた。彼は5日以内に登庁するよう告げたが、その間に逃げろと勧めているようにも聞こえた。

 「だから、言わないこっちゃない」

  陳宮は、そう叫びたかったが、とにかく曹操を促して逃げる算段をした。だが、女子供や一族郎党の荷造りなどで手間と時間を取られた。それは、実に曹操らしかったが、自らを逃がすのを最後に廻し、いつ董卓軍の詮索(せんさく)を受けるか判らない状況だった。

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「「あの奴僕ども、我らの首を持って、董卓に差し出すつもりやもしれぬな」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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