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分身の登場~良心という忌まわしいもの

ポーの「ウィリアム・ウィルソン」を読む(2-1)

2012年10月23日(火)

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教育に伴う分身の登場

 さて、ポーの「ウィリアム・ウィルソン」の第二回目の前半部をお読みいただこう。ブランズビー校で学ぶうちに、主人公には分身が生まれてくる。分裂を抱えたまま放置されていた主人公の幼い心のうちに、教育が明確な分裂を作りだす。それは校舎の複雑な構造の影のうちに生まれた一つの幻想であるかのようである。その幻想が歩き出し、名前をもち、行動するようになるのである。

 すでに主人公がこの学校での生活を満喫していたことは確認した。「この世に最高の絶対的な専制というものがあるとすれば、それは少年の暴君が、ほかの心弱い仲間たちに振るう専制だろう」と主人公が語るとおりに、彼は仲間のあいだで暴君になり、命令を下して、支配していたに違いない。そこに教育によって成長してきた彼の心の中に、別のまなざしが登場する。良心という忌まわしいものが登場して、それは違うのではないか、それは不公正なことではないかと、異議を申したて始めるのである。それがもう一人のウィリアム・ウィルソンである。

Xの第一の特徴

 ここで登場する分身は、主人公の心のこうした分裂をまざまざと物語るものである。この分身のウィリアム・ウィルソンをXと呼ぼう。このXの第一の特徴は、そもそも存在しているかのかどうかすら疑問であるということである。同級生たちは、「言いようのない盲目さのために」Xが主人公を圧倒しかけていることに気づかないとされているが、読者には、Xが他の生徒たちには見えていないかのような印象を受ける。

 太陽に照らされると、誰にでも影ができるが、Xはその影のように、主人公につきまとっている。Xはただ主人公に対抗するだけに、主人公の隠然とした勢力に盾突くためだけにいるようにみえる。Xはただ主人公に逆らうだけで、自分で支配者になろうとか、主人公を圧倒しようという意志はないようである。「彼にはそんな野心も願いもないようだった」のである。

 だからXには独自の生活というものも、独自の心や意志というものもないように描かれている。カフカの「審判」で、主人公だけに用意された門の物語が描かれている。主人公はその門から入りたいと願っていて、門番の隣に座り込んで、さまざまなつまらぬ質問をする。しかし「最後にはいつでも、まだ入れるわけにはゆかぬ」[1]と言い渡されるのだった。やがて主人公は身体が衰弱して死んでしまう。すると門番は、「ほかの誰もここで入る許可をえるわけにはいなかった。なぜならこの入り口はおまえだけに定められていたからだ」[2]と言って、門を閉じてしまう。

 この門はその主人公のためにある。門番はただ主人公のためだけにそこに存在している。それと同じように、Xはただ主人公のためだけにあり、主人公のためだけ生きているかのようである。この物語の結末にいたるまで、Xは主人公の真似をして、主人公を諫めるという働きのうちでその一生を終えるのである。Xは独立した人格としての地位を占めていない。Xは主人公のための「門」であり、主人公の良心が、影が独立した存在なのだ。

 Xは主人公を侮辱しながら、ある種の愛情を示している。そのことを主人公は、「ぼくの保護者であり、親分であるかのようにふるまいたいという途方もない虚栄心によるもの」と解釈する。そう、実はXは主人公の超自我であるから、Xを保護し、諫め、両親のように導くことを、ただそのことだけを目指しているのである。

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「分身の登場~良心という忌まわしいもの」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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