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「儂が作った白馬義従の方が圧倒的にのものを言うのだ」

【60】第十三章 公孫サン(王/贊)2

2012年11月13日(火)

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【59】第十三章 公孫サン(王/贊)1から読む)

 公孫サン(王/贊)は郎(皇帝の世話係)になり、遼東属国長史(遼東郡出先機関の副長官)へと転進した。いわば、出世である。

 当地は昔から、遊牧民族と漢人が交錯する所だった。その頃は、特に鮮卑族の勢いが烈しく、彼らと対抗せねば漢の役人として治安を保てなかった。

 そのとき公孫サンは、盧植(ろしょく)の塾で鮮于輔(せんう・ほ)が取った態度を思い出していた。それゆえ彼は、辺境の巡察に出かける際、部下全員を白馬に騎乗させた。

 その日も二十騎ばかりを従えて砦を出ると、武装して不穏な動きをする鮮卑族が目に入った。その数だけでも、十倍はいた。

 「やつら、札付きの群盗です」

 「怯(ひる)むな。このまま、突進する」

 公孫サンは二十騎余りの白馬で、鮮卑の一団へ突進していった。そのけたたましい蹄の音に気づいて、鮮卑二百騎は嗤(わら)いながら迎え撃とうとした。だが、白馬ばかりの一軍に彼らは武器を向けられなかった。

 「それっ、相手は何も出来ぬぞ。掛かれ!」

 公孫サンは、矛を構えて先陣を切った。彼は戦意を喪ったような鮮卑を相手に、左右へ矛を振り回した。穂先で相手の胴を刺し、石突きで横面や腕を払った。

 後につづいた部下たちも同じで、猛者揃いの鮮卑軍団が、全く為す術を知らない状態に陥っていった。

「やはり、白馬が効くらしい」

 十倍もの敵を討った公孫サンは、ここで大いに自信を持った。それから以降、鮮卑族の進攻は途絶えたため、彼はタク(三水/豕)の令(市長)に栄転した。

 その頃は太平道が隆盛で、光和7年(184年)黄巾の乱が勃発した。だが、黄巾賊が暴れていたのが、やや南であったにもかかわらず、公孫サンへの出撃要請がこなかった。

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「「儂が作った白馬義従の方が圧倒的にのものを言うのだ」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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