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「袁氏とはな、帝舜の末裔だってことを忘れてはならぬぞ」

【64】第十四章 袁術1

2012年11月19日(月)

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【63】第十三章 公孫サン(王/贊)5から読む)

 「幼馴染みの陳珪(ちんけい)なら、血筋も良い。だが袁紹など、一歳年長だけで兄貴面だ。儂の従兄か又従兄だか知らぬが、要は妾腹。あんなやつに袁家の総領面はされたくない。全く、巫山戯(ふざけ)おって」

 袁術は、「巫山戯る」という言葉の意味を思い起こして嗤った。

 これは、戦国七雄の一つ楚の懐王(かいおう・在位前329年~前299年)が雲夢(うんぼう。湖北省にあった風光明媚な湿地帯)で遊んだときの故事による。

 王が寝所でうたた寝していると、巫山の仙女が遊びに来て、夢うつつのまま二人は契(ちぎ)ったらしい。

 「わたくしは、朝には雲となって巫山にかかり、夕方のは雨となって麓に降ります」

 そう言って彼女は去ったが、王が目覚めて西方の巫山を見ると、朝には美しい雲がかかっていたという。そこで、懐王は彼女を偲んで祠を建て「朝雲廟」と呼んだらしい。

 ただ、この話が有名になったのは、息子の頃襄王(けいじょうおう・在位前299年~前)が同じような雲を見て、懐王以来の家臣に問うたことからである。

 巫山(ふざん)とは、現在の重慶市巫山県と湖北省の境にある褶曲山脈の内、一番大きな連山とされている。長江がその間を抉(えぐ)って過(よ)ぎるため、巫峡(ふきょう)と呼ばれる渓(たに)もある。

 高低差が大きく雨もよく降る場所なので、湿度が高く霧がかかって雲も湧きやすいのだろう。遠眼から見ると、確かに幻想的な風景となり、道家思想の好きな漢人には、仙女が住む山とイメージと重なるようだ。

 したがって、「巫山戯る」の語を分解して考えれば、「巫山に住む仙女と、遊び戯れる」となる。だが、以降の語感では、戯れるの部分だけが残り、仙女とのロマンスを指す語は「巫山の夢」の方へと譲ったようだ。

 袁術は子供の頃から、蜂蜜とこの話が好きだった。だから、自分もいつか甘く仙女と遊んでみたいと思うようになっていた。

 彼は汝南(じょなん・河南省)袁氏の一族だが、袁氏は代々漢の三公(重職の大臣)を務めた名門で、彼自身も非常に気位が高い。

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「「袁氏とはな、帝舜の末裔だってことを忘れてはならぬぞ」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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