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「馬車の主は、甘夫人でございます」

【75】第十六章 袁紹3

2012年12月5日(水)

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【74】第十六章 袁紹2から読む)

 横浜の中華街に、関帝廟なるものがある。だが、なぜ関羽に帝位まで与えて、ここまで信仰されるのかと、日本人には謎である。いや、その謎は中国を旅行すると、更に深まる。

 どこへ行っても、関羽の人気が凄まじいからだ。挙句、彼は商売の神とされているのを知って、遂に迷宮に足を踏み入れたかと思う。

 その謂われが、実は官渡の戦いにある。

 袁紹の陣営では、曹操との対決にいかなる策を用いるか、さまざまな意見が出ていた。

 まず、沮授(そじゅ)や田豊(でんぽう)らは持久戦を唱えた。兵も食糧も袁紹軍の方が多く、囲んで待っていれば、曹操軍がじり貧になるからという、至極真っ当な理屈だ。

 それに対して郭図(かくと)や審配(しんぱい)らは短期決戦を主張する。兵力はさまざまに分析されているが、袁紹二十万に対して曹操五万といったところだったろう。

 実際に曹操の軍勢も二十万程度あったのかもしれないが、周囲の警護もあって、全軍を官渡へ投入できない事情があった。また、曹操は皇帝協を保護しているので、時間をかければ皇帝へ弓引くような格好になることも、持久戦の負の要因と考えられる。

 それゆえ郭図や審配らは、曹操へ援軍が来ぬ間に、また袁紹が逆賊と呼ばれぬ間に、短期決戦しようと目論んだのだ。

 袁紹は、これまで公孫サン(王/贊)との戦いにかなりな時間を費やした。だから彼自身も、少々焦れていた感が否めず、短期決戦策へと傾いていったと思われる。

 そこで、袁紹は曹操を攻めるにあたり、周辺の軍閥にも決起を呼びかけた。そのため、檄(げき)を飛ばした。その内容は陳琳(ちんりん)なる文章が得意な文官に書かせた。

 要は、『曹操など天下に号令をかける器ではなく、皇帝協を拉致した逆賊だから、我(袁紹)と一緒に討とう』といった内容にするのである。

 さて、袁紹が曹操を攻めるには、どうしても黄河を渡らねばならない。

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「「馬車の主は、甘夫人でございます」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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