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「許都には主上がおわす。万一の事も考えよ!」

【76】第十六章 袁紹4

2012年12月6日(木)

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【75】第十六章 袁紹3から読む)

 袁紹は、甘夫人と関羽を、劉備の下へと返した。顔良の周辺では、引き渡しを要求する動きもあったが、戦場での生き死にを、一々怨みに思う方が恥だと一蹴した。

 その断は、多くの共感もあって、関羽は一命を取り留めることができた。だが、劉備は正規軍とされず、飽くまでも遊撃隊と伝令に甘んじねばならなかった。

 このまま袁紹が曹操に勝っても、部下として上位の地位は望むべくもない。そのような状況で、袁紹の周囲も納得していた。

 さて、再度白馬津を渡る段になって、袁紹は部将たちに注意を与えた。何が置いてあっても、兵どもには一切拾わせるなということだ。先般、顔良が関羽に斬られたとき、曹操軍は家財をばらまいて退却していた。

 袁紹の軍兵は、それを拾っているうちに、相手に逃げられたり、不意討ちを喰らったりしていたのである。顔良の不覚も、その一環だった可能性があった。

 今度の袁紹軍は、延津と白馬津の双方から黄河を渡った。もう渡し近辺の集落からは、住民の姿が消えている。だが、袁紹は兵を建物に踏み込ませない。

 そして、軍兵たちを広く何十里にも渡って横へと展開させた。つまり、広く横隊になって、官渡の砦を大きく包み込むように進んで行ったのだ。

 こうなると、官渡の砦からは兵糧攻めの陣形にも見える。だが、袁紹はそんな悠長に構える気はない。彼は弓部隊に、まず四十五度の角度で矢を射させた。

 矢が城壁の前に落ちるのを見て、不足した距離を目算した。そして、自らの大本営は今の位置として、矢と城壁の分だけ前進して、兵たちに陣地を築かせる。

 総て、大盾を前に置かせることを忘れなかった。そのうえで、数カ所で盛り土を始めさせる。つまり、小山を造って砦の中を見ようとしたのだ。

 だが、砦の中でも于禁の指示で同様な土山が築かれ、袁紹軍に対抗してきた。そこで袁紹は、小山の上へ櫓(やぐら)を組ませた。更に高いところから見れば、砦の詳細が具(つぶさ)になり、矢を射ることもできる。

 一方の曹操側は、矢を浴びながらも砦の中から対抗措置を取ってきた。突然、人の頭程もある石が、袁紹の陣地のあちこちに転がりだしたのだ。

 それは、曹操が発案した霹靂車(へきれきしゃ)を使ったからだ。要は大掛かりなだけで、原始的な投石機である。だが、一抱えもある石が放たれれば脅威だ。

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「「許都には主上がおわす。万一の事も考えよ!」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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川野 幸夫 ヤオコー 会長