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モン・サン・ミシェル――最初の旅

モーパッサン「オルラ」を読む(3)

2012年11月27日(火)

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『あれは何だったのか』

 さて第二類型の離魂型の次に、離体型の分身を検討してみよう。これには、同時代型と異次元型があり、それぞれに無体型と有体型がある。同時代型は、主人公と分身が同じ世界に生きている物語であり、異次元型は、異なる時間と空間のうちに分裂する物語である。無体型とは、その分身が人に見える身体をもっていない場合であり、有体型とは、その分身が誰にでも(あるいは一部の人に)はっきりと見える場合である。

 簡単にまとめてみると、次のように分類できることになる。
分身の物語
-離魂型 『源氏物語』葵の巻
-離体型
 -同時代型
   -無体型 「オルラ」
   -有体型
 -異次元型
   -無体型
   -有体型

 まず離体型の同時代型の無体型の分身の物語を検討してみよう。このタイプの分身は、このモーパッサンの「オルラ」で描かれる分身である。この分身は主人公と明確に異なる身体をそなえているが、それを最後まで、誰も見ることができない。そして物語が一人称の「ぼく」の語りとして書かれているために、読者は最後まで、その分身がほんとうに存在するのかどうかが把握できない。主人公の幻想ではないかという疑いを捨て切れないのだ。透明な分身がほんとうに存在するのだとすると、この物語は超自然的な物語になってしまう。しかし読者は最後まで、こうした超自然的な存在者の存在を疑いつづけるのである。そこに作者の手腕が示されることになる。

 このタイプはかなり稀である。見えないものは描写が難しいからだろうか。ただし分身ではないが、主人公が無体型の生き物に襲われる小説として、フィッツジェイムズ・オブライエンの『あれは何だったのか』がある。この物語では、幽霊がでるという邸宅が舞台である。不自然な音がするし、「人間の姿は見えないのに、ドアが開く。残っている家具が種々の部屋に分散してあるのだが、それらの家具が夜のうちに、何者かの手で積み上げられていたりする。真昼間に、姿は見えないのに、階段を登り降りする足音が聞こえ、絹のドンスのサラサラという音が」[1]するという具合である。

 主人公はこの邸宅が気にいってそこに住むことにする。そして幽霊がでてくるのを手ぐすね引いて待っていたのである。しかし幽霊は現れない。待ちくたびれた頃、夜に真っ暗闇の中で寝てていると、「おそろしい事件が起きた。なにかが、天井からでも、わたしの胸の上にドサリと落ちたかも思うと、次の瞬間には、二本の骨っぽい手がわたしの喉をつかみ、わたしを締め殺そうとした」[2]のである。


[1]フィッツジェイムズ・オブライエン『あれは何だったのか』。橋本福夫訳、『怪奇小説傑作集3』創元推理文庫、139ページ。
[2]同、144ページ。

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「モン・サン・ミシェル――最初の旅」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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