• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

「孫権殿は、兄上を嗣ぐことができましょうか?」

【86】第十八章 橋姉妹4

2012年12月20日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

【85】第十八章 橋姉妹3から読む)

 「姉上が、まったく食事をなさいませぬ」

 孫策は、許貢の食客だった者らから、矢を浴びせられたのがもとで亡くなった。だが、呉の人々の間では、于吉の祟(たた)りだとの噂が飛び交っていた。

 「おまえが行って、慰めてあげるしかあるまい。儂も、不覚に思っておるのだ」

 あのおり、孫策は重傷のまま館へ運ばれ、もう命脈が尽きるのを知り、後継者に弟の孫権を指名した。

 だから今の周瑜は、孫権を守り立てるために、呉のさまざまな勢力に働きかけている最中だ。それゆえに、小橋も身内のことで夫の気苦労に輪を掛けそうな話はしたくない。

 だからといって、大橋の気落ちした様を放っておくこともできなかった。

 「孫権殿は、兄上策様を嗣ぐことができましょうか?」

 「それは、おまえが容喙(ようかい)することではない」

 周瑜は孫策と違い、その日起こったことなど一切話さなかった。孫策の性格を姉から聞いていた小橋は、同じ夫(男)でも、随分違いがあるものだと思った。

 だから、今世間が、いや揚州や中原の情勢がどうなっているかなどは、女たちの集まりで聞いてくるしかなかった。

 その中で、誰もが信頼を置いていたのは、孫策と孫権の母呉娃(ごあい)だった。

 彼女は髪の色から見ても、生粋の漢人には見えなかった。多分、身毒(インド)から西の交易商の娘だったのだろう。父親は、船でこの地にやってきて根付いたらしい。その影響で、彼女も他国の情勢などにも詳しくなり、大臣や官僚の奥方の社交場では、話題の中心になることも多かった。

 「官渡の戦いで破れた袁紹殿は、病没されたようです。困ったことに、後継者が決まりませず、長男の袁譚殿と末っ子の袁尚殿が争っておいでのようです」

 このような形で、呉以外のようすが小橋に伝わってきた。

「サテライト「三国志」群像」のバックナンバー

一覧

「「孫権殿は、兄上を嗣ぐことができましょうか?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

日本の経営者は、経験を積んだ事業なら 失敗しないと思い込む傾向がある。

三品 和広 神戸大学教授