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「張バクは呂布と結んでおり、参謀は陳宮らしい」

【94】第二十章 荀イク3

2013年1月9日(水)

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【93】第二十章 荀イク2から読む)

 荊州で孫堅が戦死し、翌年は劉虞が公孫サン(王/贊)に討たれた。そして、一番の問題は、曹操の父曹嵩(そうすう)が、疎開先で徐州(じょしゅう)牧(ぼく)陶謙(とうけん)の部下に殺害された事だ。

 それからの曹操は、荀イク(或+ノノ)も怖れる程の復讐心に燃えて徐州を討った。実際に手を降したときの隊長は張ガイ(門/豈)だったというが、曹操は執拗に病身と伝えられる陶謙を追い回した。

 徐州の城邑で、陶謙が隠れていると目されると、そこは文字どおり草根を分けるように、徹底的な焼き討ちにあった。正に、側杖を喰らったわけだ。

 鬼神のような攻撃に、徐州各地は震え上がっていた。

 荀イクは遠征に同道せず、程イク(日/立)とケン(甄/瓦を大里)城で待機していた。ここで曹操の領地の管理をしたのである。輜重(しちょう・軍需物資)の調達もさることながら、周辺の軍閥からの進攻も警戒したのだ。当然ながら、警戒の任に当たった部将も多くいた。夏侯惇(かこう・とん)や張バク(貌/之繞)、最近身を寄せてきた呂布なども、周辺に睨みを効かせる部将の一人だった。

 「公の気持も判るがな」

 ケン城の城壁に登って、長身の程イクが東側を見てぽつっと言う。遠征から聞こえてくる異常な烈しさについてである。

 「それは、自分以上に苦労された父上を思われてのことです。やむをえません」

 荀イクは、二十歳ばかり年長の先達へ、丁寧に応える。程イクも論理派だったが、彼らは意見が合うことが多く、比較的仲が良かったのは、ここで幸いだった。

 彼らはエン(亠/兌)州や守備状況を、常に曹操の本営へ知らせていた。当然ながら伝令は曹操からの命令や要望を携えて帰ってきていた。

 そんなある日、張バクの使い劉翊(りゅうよく)が訪れた。

 「曹閣下の命令で、呂将軍(布)が援軍に出向かれます。しばしの間、ケン城の砦をお貸し与え願いたいとの命令です」

 言われた二人は顔を見合わせ、即座に反問した。

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「「張バクは呂布と結んでおり、参謀は陳宮らしい」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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