• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

夢遊病と狂気

モーパッサン「オルラ」を読む(4)

2012年12月4日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 さて分身小説の第二類型の同時代型で有体型の小説の代表作は、ドストエフスキーの「分身」だろう。この類型では、主人公の住むのと同じ空間に、そっくりな分身が登場する。そしてこの分身は有体型であるために、隣人を含め、ほかの人にもはっきりと見えるのだ。

 この小説では、しがない役人のゴリャートキンはある吹雪の夜、自分とそっくりな男が前を歩いているのに気づく。見た瞬間によく知っている男だと感じる。やがて自宅に戻るとその男がスタスタと階段を上がっていくではないか。従僕はていねいに挨拶して、主人としてその男を迎え入れる。ゴリャートキンもあわてて部屋に入ると、その男がにこやかに迎える。

 「ゴリャートキン氏には今やこの深夜の友人が何者であるかははっきりと分かったのである。この深夜の友人こそはほかならぬ、彼自身だったのだ。ゴリャートキン氏その人、もう一人のゴリャートキン氏ではあるが、彼自身と寸分たがわぬ男、一言にして言えば、あらゆる点で鏡に映ったようないわゆる彼の幻像だったのである」[1]

 この分身は、ゴリャートキンに欠けている素質をもっていた。積極的で、人当たりがよく、お世辞もうまい。上司などにも巧みに取り入っているようである。そこで主人公は双子なのだと説明し始める。上司は「奇蹟といっていいほどのいわゆるファンタスティックな類似だ」と感心するが、あまり双子だと信じていない。そして「実はわたしの母方の叔母にもそれと同じことが起こったことがあるのさ、叔母もやっぱり死ぬ前にもう一人の自分の姿を見たんだよ」[2]というのである。

 主人公はあわてて否定しながら、分身が同じ役所で働いている理由を尋ねる。すると上司は空席ができたので雇い入れたのだと平然と説明する。分身は平気で主人公の自宅に帰宅して、一緒に食事までとる。最初のうちは、同姓同名だと聞いたので、あつかましいが助けとくれと嘆願していた。しかしやがて分身は居着いてしまったようで、従僕にあいつはどこにいったのかと尋ねると「旦那はお留守ですよ」と答えられる始末である。主人公が「馬鹿だな、おれが貴様の旦那じゃないか」[3]と当然の反論をすると、従僕は睨みつけるだけである。

 このようにして主人公は失敗をつづけ、上司からはうとまれ、分身に仕事を奪われ、憤慨する。「新ゴリャートキン氏」は「旧ゴリャートキン氏」のもっていなかった巧みさで上司に取り入っている。分身は「早速きわめて要領よく、みんなの会話や相談ごとに割り込んでいった」[4]のである。主人公はそれをみて「卑劣漢」と非難の言葉をあげるが、上司ににらまれるばかりである。

[1]ドストエフスキー『二重人格』(このタイトルは『分身』のほうが適切だろう。二重人格は一つの身体のうちに二つの人格が住むことを意味する。しかしこの主人公は、まったく別の人格と別の身体をもつ別の自分に脅かされているのだ)。小沼文彦訳『ドストエフスキー全集』第一巻、筑摩書房、170ページ。
[2]同、176ページ。
[3]同、189ページ。
[4]同、253ページ。

コメント0

「ウェブ読書会」のバックナンバー

一覧

「夢遊病と狂気」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

企業や官公庁の幹部のメールボックスの内容が、まるごと数十万〜数百万円で売られている事例もある。

名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官