• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

催眠術と人格の分裂

モーパッサン「オルラ」を読む(5)

2012年12月11日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

暗示の力

 「オルラ」では今回は主人公は二回目の旅行にでかける。パリ祭の頃のパリを訪問したのだ。久し振りに家を離れた主人公は、自分は夢遊病ではないことは実験によって証明されたと考え、それでも分身かもしれない透明な生き物などというものがいると考えたのは、「神経が過敏になっていて、自分の想像力の戯れの犠牲になっていたのだ」と考える。

 それと同時に、土地のもつ影響力という「すでに存在は確認したが、説明することのできなかったあの影響力の一つ、つまり暗示と呼ばれるものの作用をうけていた」とも考えるようになる。透明な生き物が存在するのではなく、ある力によってそのようなものが存在するという「暗示」をうけていたにすぎないと思い直すのである。

 この暗示がどのようなものかは、明らかではない。ただ主人公はこの政治と美術の都で、大衆というものの暗示されやすさについて思いをめぐらす。「〈皇帝に投票しろ〉と言われると、皇帝に投票する。そして〈共和国に投票しろ〉と言われると、共和国に投票する」というわけである。

 土地の力のもつ影響力と大衆の暗示されやすさにについてのこうした二つの考察を前置きとして、主人公は従妹の家で奇妙な実験に立ち会う。「神経系統の疾患や超常現象の研究に専念していて、最近は催眠術や暗示についての実験をしている」パランという医師が、従妹に催眠術をかける実験に立ち会ったのである。この時代のパリでは、催眠術が大流行していた。

メスメルの実験

 これは、メスメルの動物磁気による治療の大流行の伝統につながるものである。一七三四年にオーストリアで生まれ、ウィーン大学で医学を学んだフランツ・アントン・メスメルは、太陽や月、さらに大地からある磁力のような流体が発散されていて、人間の身体も磁石のように、この流体に影響されているという当時の理論を信じていた。そしてこれを利用することで病を治療できると主張したのである。

 この動物磁気の理論は学問的に否定されたが、この理論を信じる人は多く、メスメルはこうした人々の信念を利用し、なかば催眠的な効果を発揮することで実際に多くの人を治療したという。やがてパリにでてきたメスメルは、多くの治療を行い、当時は大流行になった。

 メスメルはパリに大規模な治療施設を作った。「メスメルの診療所では、いっさいが神秘的な雰囲気と魔術的な魅力を強めるように工夫されていた。メスメルが芝居がかった身振りで入ってくる頃には、患者たちはすでに治療にふさわしい精神状態になっていた。……暗示にかかりにくい患者も、メスメルの刺すようなまなざしに見つめられて呪縛されたようになり、今日わたしたちが催眠と呼ぶものに似た深い眠りに落ちた」[1]のである。

[1]マリア・M・タタール『魔の眼に魅されて』鈴木晶訳、図書刊行会、34ページ。

「ウェブ読書会」のバックナンバー

一覧

「催眠術と人格の分裂」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

店長や売り場主任などの管理職は、パートを含む社員の声を吸い上げて戦略を立てることが重要だ。

川野 幸夫 ヤオコー会長