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「ちょっと、わたくしはまだお名前も」

【100】第二十一章 蔡エン4

2013年1月18日(金)

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【99】第二十一章 蔡エン3から読む)

 「先ほど婚礼を挙げた。おまえは今日から、俺の妻の一人だ」

 「ちょっと、わたくしはまだお名前も」

 そう言ってから、彼女は後悔した。匈奴人の名など聞いても、長ったらしくて意味が判らぬと思ったのだ。

 「俺は劉豹(りゅうひょう)という」

 それは、漢風の名前だった。

 「傭兵におなりだから、そんな名を?」

 「遠い先祖に、漢帝の公主がいたからだ」

 つまり、彼は和蕃公主(わはんこうしゅ)の子孫だと、ぬけぬけ言っているわけだ。それは、漢の初めに始まった習慣で、当時軍事力強大だった単于(ぜんう・匈奴の大王)のもとへ、皇帝の娘や係累が、双方を和(なご)めるために嫁いだのである。

 有名なのは、烏孫(うそん)公主や王昭君(おうしょうくん)だ。もっとも、後者は後宮の美女の一人で、皇帝劉氏の血筋ではないが、総じて和蕃公主と呼ばれたわけだ。

 劉豹は、そのような公主と単于の間から生まれた血筋というわけだ。

 「俺の父親は於夫羅(おふら)といった。南匈奴の王族だが、漢領内で傭兵をして生涯を送ってきた。しかし、そのようなことだけでは、これからの匈奴は生きて行けぬ」

 劉豹が感慨深く言うのに、蔡エン(王/炎)は知らず知らずの内に惹かれていった。これまでの彼女の認識は、匈奴は北方の群盗以外の何者でもなかった。だから劉豹も、教養の欠片もない無頼漢だとみなしていたのだ。

 「俺の子供を産んで、漢人の素養を付けてくれ。それが、これからの匈奴の道だ」

 蔡エンは劉豹から、上手く口説かれたのかもしれない。彼女にとっても、そういう体験は新鮮だった。

 だから、父蔡ヨウの資料と『漢史』作成が途中であることは気になるが、宮廷から遠ざかった平原で生活するのも、良いような気になりかけた。

 そう思ったことがそのままつづき、彼女は南匈奴左賢王の側室となって何人かの子をなした。そして、自分や他の側室の子らも交えて、漢語と漢字を教えていく。

 その間に彼女が知っている呂布も袁術、公孫サン(王/贊)袁紹らは皆滅んで、曹操が河北へ進出してきたのだった。

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「「ちょっと、わたくしはまだお名前も」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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