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「しかし、孫権様は決して安閑とはしておれませぬ」

【103】第二十二章 魯粛3

2013年1月23日(水)

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【102】第二十二章 魯粛2から読む)

 現在の日本でも、政党間が政策や選挙を睨(にら)んで、「合従連衡(がっしょうれんこう)を繰り返す」などと表現される。

 この四字熟語は、戦国時代の故事に端を発している。強国秦を相手に、他の国同士が同盟を結ぶ蘇秦の策を「合従」と呼び、一方、秦と組んで他国へ当たる張儀の策を「連衡」と言ったのである。

 今日の永田町の状態を敢えて言えば、野党連合が合従で、与党との連立政権の一翼を担えば連衡ということになろう。

 さて、曹操の南下に際しては、彼の軍が秦に当たるわけだから、孫権の呉軍と劉備軍が同盟する策は「合従」と表現するのが順当だと思える。

 ところが意外にも、両者は「連衡」と表現されることが多い。それは『蜀史』や『呉史』の立場で見るからのようだ。つまり双方ともども、歴史書の中では、自国を強国とする立場を取りたがゆえだ。

 また、蜀史では劉備軍と呉軍の同盟を、諸葛亮が提案したことになっている。だが、魯粛の行動を具(つぶさ)に見ていると、どうしても疑問を抱かざるをえない。

 曹操が降服を持ちかけてきたとき、呉の重臣たちのほとんどは、軍事的に対抗できないと抵抗を諦めたようだ。そして、曹操に平伏した場合に、自分はどのような立場になれるか考えたと思われる。

 呉全体が、揚州の牧に監督される呉郡に格下げとなることは、容易に想像がつく。そして、牧は曹操子飼いの文官、荀イク(或+ノノ)か程イク(日/立)が派遣され、呉郡太守に孫権がなると踏むわけだ。

 もし、孫権と一族が処刑され、曹操の部下が太守となっても、土地の事情に精通した呉の家臣団が、呉の政の実際を見ることに変わりはない。

 彼らは将来を、そのように見切っていた。だから、身が安泰な降服論を唱えるようになっていったのだろう。それゆえに、徹底抗戦を言い募る孫権とは、足もとの基盤が根本的に違ったわけである。

 そのことを論理的に判らせたのが、実は魯粛だった。

 「もし呉が曹操に降服しても、我は東城で少しは評判を取りましたから、太守か悪くても県令級の地位が転がり込みましょう」

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「「しかし、孫権様は決して安閑とはしておれませぬ」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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