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「孫閣下の一大事だ。出会え!」

【112】第二十四章 呂蒙2

2013年2月5日(火)

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【111】第二十四章 呂蒙1から読む)

 「孫閣下(策)、お待ちくだされ!」

 建安5年(200年)、孫策が長江下流の氾濫原で狩をしたとき、独りで馬を飛ばして親衛隊が置き去りにされた。

 もし数年前、トウ(登/大里)当が逝去していなければ、呂蒙も置いてきぼりを喰らった一人になっていたろう。そんな不幸が、運命の分かれ目になろうとは、だれも思わなかった。

 天と地の分かれ目は、突然やって来る。戦いの傷が原因でトウ当もこの世を去ったとき、呉の重鎮たる張昭(ちょうしょう)は、呂蒙をトウ当の後釜へと推挙してくれた。

 つまり、彼は別部司馬に抜擢されたのだ。

 このままでは、トウ当の一家が貧困に喘ぐ。義理堅い呂蒙は、当然ながら以前の恩を返すべく遺族の面倒を見た。

 ところで、孫策の姿を見失った親衛隊は、必死に馬の後を追っていった。すると、馬だけがとぼとぼ歩いているのが見付かった。いや、その近くで、あろうことか3、4人が孫策を襲っていたのだ。

 「閣下の一大事だ。出会え!」

 隊長の声が響いて、親衛隊が現場に駆けつけると、血に染まった孫策が許貢(きょこう)の食客たちに囲まれていた。許貢は孫策に暗殺された呉郡太守だったところを見れば、彼らは復讐に現れたようだ。

 彼らは孫策さえ血祭りにあげれば本望だったらしく、親衛隊にほとんど争(あらが)わずに斬殺された。孫策は輦台(れんだい)で医師の診療所へ運ばれたが、遂に帰らぬ人となった。

 その後、呉の後継者は弟の孫権に移る。

 彼は兄の事業を受け継いだが、積極的に撃って出る政策は取らなかった。そんな彼の側近としては、文官系の張昭(ちょうしょう)や魯粛(ろしゅく)、武官系の周瑜(しゅうゆ)らが集まった。

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「「孫閣下の一大事だ。出会え!」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官