• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「おぬし、関羽をどう見る?」

【114】第二十四章 呂蒙4

2013年2月7日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

【113】第二十四章 呂蒙3から読む)

 「これは、『欲擒姑縦(よくきんこしょう・擒=とりこ=にしたいなら、姑=しばらく=縦=ほうっておく=)の計』であるな」

 黄祖を討ち取った策略について、孫権は大いに褒(ほ)めて、横野中郎将(おうやちゅうろうしょう・野戦で勲功を挙げた将軍。近衛隊長と同じ石高を与えるの意)の位と千万もの金銭で、恩賞を篤くしてくれた。

 同時に孫権は、呂蒙が『孫子兵法』を熟読していることを、肌身で感じていた。

 この建安13年(208年)、世に言う「赤壁の戦い」が起こって、呉と劉備の連合軍の勝利で終わる。だが、その勝戦の雛形は、呂蒙の夏口への攻撃に見られていたのだ。

 呉軍が兵のほぼ9割を出しながら、劉備側にも戦功が語られるのは、無論彼らの奮戦があったからだ。いや、それよりも諸葛亮の策戦が、効を奏したからであろう。

 だが、戦法が呂蒙のそれに似ていたと、孫権は見通せなかったのか? それとも、常識では考えられない程の厖大(ぼうだい)な敵を追い返したことで、呂蒙の戦果が掻き消されたのかもしれない。

 だが、呂蒙自身は、そのようなことを気にしてなかった。それよりも、曹操がさっさと中原へ引き揚げたにもかかわらず、南郡でまだ影響力を保持しようとする曹仁を、江陵付近で包囲した。

 「ここで、曹仁を追い出さねば、長江を安心して使えぬぞ」

 「そのとおりだ。だが、闇雲に攻撃しても悪戯に死傷者を増やすだけだ。ここは、知恵を絞らねばならぬ」

 周瑜と程普が相談していると、益州(蜀地方)から襲粛(しゅうしゅく)なる武将が、一隊を率いて帰順を求めてきた。察するところ、牧の劉璋と五斗米道の張魯が対立している構図が厭になり、赤壁の戦いで勝利した呉に憧れたのであろう。

 周瑜は上書して、襲粛の部隊を呂蒙に繰り入れようとした。だが、呂蒙は固辞して襲粛の軍を彼へ帰属させたままにと願い出た。その方が、襲粛の気持が萎まず良い働きをすると踏んだのだ。

 こうしている間にも曹仁は兵を展開し、夷陵(いりょう)を守っている甘寧を包囲した。彼の救援要請に対して、周瑜も程普も割く兵がないと渋っていた。

コメント0

「サテライト「三国志」群像」のバックナンバー

一覧

「「おぬし、関羽をどう見る?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

短期保有者のいいようにさせたら、中長期で保有したいと考えている株主はどうなるのか。

貝沼 由久 ミネベアミツミ社長