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「跳ね返りどもが、御迷惑をお掛けします」

【125】第二十七章 于禁1

2013年2月25日(月)

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【124】第二十六章 張遼5から読む)

 曹操は瞠目(どうもく)していた。

 いや、これほどまでの働きが、彼にできるとは思ってなかったのだ。それは、于禁(うきん)という部将であった。

 そのとき彼は、奮戦の証のごとく負傷しており、血が滲(にじ)んだ包帯姿で輦台(れんだい)に乗せた将軍の遺体を担いで、部下と一緒に帰還してきたのだ。その姿が、晩年の彼の運命とつながるとは、曹操には予感すらできなかった。

 初平3年(192年)は董卓が呂布に暗殺され、孫堅がケン(石/見)山で黄祖の部下に暗殺される事件が起こったことで有名だ。だが、それに比肩できる事態が、もう一件あった。

 それは、青州黄巾賊といわれる集団が、曹操の傘下(さんか)に収まったことである。これによって反董卓軍を構成し、何ら有効な策戦を打ち出さなかった有象無象の軍閥から、曹操が突出した存在になりえたのである。

 ところで青州黄巾賊とは、太平道の信者が主体の集団である。「賊」と言われるからには、漢の政治体制に弓引く者どもである。それは、黄巾の乱に加担したまま周辺を席巻しつづけていたからだ。

 彼らには拠点とする場所も、漢の官僚制度に認められた指導者も明確ではなかった。だから根無し草のごとく、青州(山東省)を移動しては太守や刺史と干戈を交えていた。

 ただ、宗教的な戒律に則っていたので、穀物倉庫からの略奪も、必要最低限に抑えるという節度も弁(わきま)えていたようだ。また、常に家族連れという特徴もあった。

 乱が下火になって8年目という時期、彼らにはもう先が見えなかったのだ。だから、どこかの軍閥の傘下で相互補助の関係を模索していたらしい。

 当然ながら袁紹や袁術、公孫サン(王/贊)、孫策、劉表といったところも候補にあがったらしい。だが、地理的な条件と統率者の度量と器から、曹操を推す声が大きくなっていったという。

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「「跳ね返りどもが、御迷惑をお掛けします」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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