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判断を曹操に委ねて温情に縋る心遣いがあってしかるべき

【127】第二十七章 于禁3

2013年2月27日(水)

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【126】第二十七章 于禁2から読む)

 虎威(こい)将軍とは、狐のような狡知(こうち・ずるがしこい知恵)が働くという意ではない。

 文字どおり力と厳しさに満ちているごとき将軍という尊称で、袁一族を一掃する河北併合の過程で、曹操が于禁に与えたものだ。

 河北の次に曹操が奪取を目指したのは荊州で、張遼が派遣されて陳欄と梅成を討伐した。この戦いは長引いたため、必要なのは輜重(しちょう・武器や食糧、鎧などの軍服)の補給だった。

 それを、于禁が一手に引き受けて途絶えさせなかったので、張遼は深い山脈の高い山で追って行けたのである。

 このあたりから曹操が崩御するまで、彼の周囲で活躍する部将は、于禁と張遼の他、楽進(がくしん)、張ゴウ(合/大里)、徐晃(じょこう)がいる。彼らは代わる代わる侵攻するときの先鋒となり、退却するときは殿軍(しんがり)を承った。

 彼らを、曹操の五虎将(ごこしょう)と並び称する。これは、活躍の時期が重なる劉備の五虎将(関羽、張飛、趙雲、黄忠、馬超)に、対抗して付けたものだ。

 劉備側に比べて、やや派手さには欠けるかもしれないが、着実で大きな戦果という点では、かえって曹操側の方が貢献度は大きいかもしれない。

 于禁の性格は、非情で厳格だった。

 一般的に、侵攻して勝った場合、兵どもがその地で暴行略奪などして、私物を増やす戦争犯罪は後日の士気を考慮して、おおむね大目に見られていた。

 だが、于禁は違った。

 軍需物資の略奪は、策戦の一環との考えから有効とみなしたが、私的に貯めこむことは横領として処罰した。ましてや個人の住宅への侵入など、彼は通常の強盗と同罪として処刑した。

 この辺の法を適用する厳しさは、前漢の将軍だった程不識(ていふしき)に似ている。だが、後日彼の評判を決定的にしたのは、前回で紹介した昌キ(豕/希)に対する処置だった。

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「判断を曹操に委ねて温情に縋る心遣いがあってしかるべき」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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三品 和広 神戸大学教授