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「魏の部将たる我に、魏と戦えと仰せか?」

【129】第二十七章 于禁5

2013年3月1日(金)

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【128】第二十七章 于禁4から読む)

 2万名程度の関羽軍に、3万近い于禁軍が投降するのも、奇妙な話だった。だが、状況が悪ければ起こりえる事態である。ところでこの先、やや心配なことがある。

 戦国時代の前260年、40万人の捕虜を抱えた秦の将軍白起(はくき)が、反乱を怖れて全員を生き埋めにした事件があった。関羽も、同様な暴挙に出ぬかということだ。

 ここに、于禁の巧みな計算があった。

 降服を勧めに来た部隊長の関平(かんぺい・関羽の息子)は、劉備のことを『漢中王』と言った。それは僭称ではあるが、劉備の王位に即こうという準備が見て取れる。

 ならば、世間から非難を浴びる行為は慎むだろう。つまり、関羽は沽券(こけん)にかけても、于禁らを人道的に扱うはずだ。そうなると、食糧も充分に与えねばならない。

 于禁の読みは、ここだった。2万の軍兵と見込んだ食糧に3万が加われば、内部から兵糧攻めにあうようなものである。この隙に、樊城の曹仁が救出に来てくれれば、勝機が見えてくるのだ。

 一方、関羽らは食料調達に困惑し、麋芳らへ輸送を命じたが、一向に届く気配がない。既に、呉の呂蒙らが江陵を占拠して、関羽が知らぬ間に命令が効かなくなっていたのだ。
 そこで関羽は自尊心を捨てて、遂に呉の食糧庫に無心した。しかし、断られたため、怒って大軍で襲って略奪したのである。この事態を待っていたのが、呉の将軍陸遜、いや、仮病を使って引退を装っていた呂蒙だ。

 関羽は攻撃には強いが、守備や味方との連携には弱い。彼はそこを研究して、手薬練(てぐすね)引いて、関羽の不法行為を待っていたのである。

 「呉の倉庫から、食糧略奪の関羽は許せぬ」

 こうして、呂蒙は関羽に宣戦布告して、攻撃に回った。ここに至って、于禁は少し読みが狂ったと感じていた。

 『この絶好の機会に、曹仁、いや、曹公は、なぜ魏軍を差し向けないのだろう?』

 ここまで思い至って、于禁ははっとした。

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「「魏の部将たる我に、魏と戦えと仰せか?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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