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「我にも、剣術を教えて欲しい」

【130】第二十八章 孫尚香1

2013年3月4日(月)

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【129】第二十七章 于禁5から読む)

 以前にも断ったが、孫尚香とは実際の名ではなく、京劇に仕立て上げた時の名である。

 孫権の異母妹として、便宜的に用いる。さて、彼女が生まれたとき、父孫堅はもうこの世の人ではなかった。無論、彼女は詳しい経緯など知らない。ただ、荊州に仇の黄祖なる部将がいるとは、教えられている。

 孫堅が暗殺されてから、彼の部下は袁術に没収されて、それを取り戻すために孫策の苦労が始まっていた。だが孫尚香が、そんなことを知る由もない。

 家族は曲阿(きょくあ・長江河口右岸)で父を葬り、その後に江都(こうと・現在の揚州)へ移ったという。だが、徐州牧の陶謙から迫害されそうだったので、再び曲阿に住んだということだった。

 陶謙は、公孫サン(王/贊)と誼を通じていた。だから、遠交近攻で袁紹と対抗するため、袁術とも誼を通じていたのであるから、彼に臣下の礼を取る孫策には、援助の手を差し伸べてもしかるべきだ。

 だが、敵対関係にあったのは、孫堅時代に衝突があって負の遺産を受け継いだというべきだろう。

 それも、孫尚香は与り知らぬことである。

 彼女が覚えているのは、6歳か7歳の頃、呉(蘇州)へ移ってから後のことである。孫策が周辺を平定して凱旋したとき、孫尚香は20歳近く年上の異母兄を、初めて頼もしいと思った。

 彼を男として見ても、なかなかの偉丈夫であった。だが、その兄の右腕と称される周瑜(しゅうゆ)を見たとき、彼女の心がときめいた。彼こそ、「周郎」と持て囃される美丈夫で、周辺の娘の口端に登らない日はない。

 この頃から、孫策は荊州を攻撃する足掛かりを作ろうとしていた。父の仇である黄祖がいるからだ。その前哨戦として、孫策と周瑜たちは、廬江(ろこう)郡の皖(かん)を攻め落とした。

 だが、そこには思わぬ戦利品があった。

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「「我にも、剣術を教えて欲しい」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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