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「董卓という名を覚えていれば声をかけよ」

【135】第二十九章 賈ク1

2013年3月11日(月)

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【134】第二十八章 孫尚香5から読む)

 「この男が、昔この砦におられた、段(だん)閣下の縁者だというのか?」

 「はい、テイ(氏/一・遊牧民)の野郎が、そう言って引き渡しにきたんです」

 「それで、身代金でも要求したのか?」

 「いえ、手綱を渡すと、さっさとケン(三水/幵)水の上流へ駆けていきました」

 「この男は、どうしてこうなったのだ?」

 「さあ、道にでも迷ったんですかね」

 賈(か)ク(言/羽・以下同じ)は夢と現(うつつ)の境目で、将軍らしい男と隊長の会話を聞いていた。彼らが言う「この男」が、自分らしいことも察しがついている。

 彼が思っているのは、どうやら命を取り留めたということだけだ。身体を動かして起きようとしたが、40歳を過ぎた身体は、まだ思うように捩(よじ)れなかった。

 賈クは寝た振りをして、ここまでのことを思い出そうとした。彼は、都(洛陽)で郎(ろう・皇帝の雑用係り)をしていた。それは、故郷の武威郡(ぶいぐん・甘粛省中央部南)姑臧県(こぞうけん)で、孝廉(こうれん・孝行や勉学に優れた人物)に選ばれたからだ。

 彼は真面目に勤めあげたが、地味な性格だったため、壮年になってもなかなか認められなかった。そんなとき流行病に罹(かか)って、希望をなくして都を引き払ったのだ。

 家財の総てを換金して、それを元手に故郷で塾を始めるつもりだった。だから、できるだけ節約するため、馬も使わず徒歩で帰ってきたのだ。

 ところが、長安からビ(眉/大里)県を過ぎるまで小康状態だった病が、突然暴れだした。更に渭水を遡(さかのぼ)っていると、熱が高くなってきた。

 彼は朦朧(もうろう)として、自分の行き先まで覚束なくなってきた。たまたま先を行く者が10人ばかりあり、彼らはケン水が合流する所を右へ行った。だから、その後を追えば、隴西への近道ができると思ったのだ。

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「「董卓という名を覚えていれば声をかけよ」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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