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「我は牛輔という。董将軍の使いで洛陽へ来た」

【136】第二十九章 賈ク2

2013年3月12日(火)

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【135】第二十九章 賈ク1から読む)

 「我を憶(おぼ)えておるか?」

 洛陽の宮廷へ復帰して1年余り過ぎた頃、賈ク(言/羽)は、役所の回廊で背後から声を掛けられた。振り返ると、武官姿の壮士がいる。

 「あなたは、ケン(三水/幵)水で……」

 それは、賈クを助けた隊長であった。

 「我は牛輔(ぎゅうほ)という。董将軍(卓)の使いで洛陽へ来た。今晩、一緒にどうだ?」

 そう言われれば以前の礼もあり、断るわけにはいかない。彼は金銭を工面して、指定された料亭へ出向いた。

 「いつぞやは、たいへんありがとうございました。この御恩は……」

 「まあ、それよりも。……こいつらは」

 牛輔が紹介するのは、仲間の部隊長だ。それぞれ、李カク(確/石偏を人偏)、郭シ(三水/巳)、樊チュウ(禾/周)、張済(ちょうさい)と自己紹介された。

 剣を携えて、それでなくとも怖持てする。

 「涼州は、韓遂や馬騰らが暴れて、騒がしいと聞き及びます。皆様の日頃の御活躍で、都も長安も安泰でございます」

 賈クが通り一遍の挨拶をすると、牛輔は早速本題に入った。

 「涼州(甘粛省)だけでなく、黄巾の乱からこの方、漢の地方は荒れている。だが、最近置かれた西園(せいえん)八校尉とは何だ?」

 それは、都(洛陽)を防衛するための周辺八箇所の関所を、若手の軍閥に守らせる新制度であった。総指揮は、上軍校尉に宦官の蹇碩(けんせき)が当たるものの、他の7名は袁紹や曹操を含む武官系である。

 牛輔らが聞きたがったのは、その正確な位置と軍の人員配備の規模であった。そこで賈クは、知っているだけのことを縷々(るる)話した。これは、個人的な義理である。

 「そうか。実は我らも、遠からず都へ呼ばれることになるやもしれぬから。これは、大いに参考になろう」

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「「我は牛輔という。董将軍の使いで洛陽へ来た」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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