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「頭だけで山岳戦ができりゃ苦労はねえんだ」

【140】第三十章  孟獲1

2013年3月18日(月)

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【139】第二十九章 賈ク5から読む)

 諸葛亮は赤壁や定軍山とは違う、ちょっと異色な戦いをしていた。場所は中南とわれる現代の貴州省から雲南省である。

 「あれが、孟獲(もうかく)の軍兵か?」

 「はい、実に勇敢な戦い方をします」

 「だが、やつらの姿は、どうみても……」

 諸葛亮が唖然としていたのは、孟獲軍の格好が蜀の兵とそっくりだったからだ。彼は、中国南部の山岳民族の鎧兜は竹製で、盾は動物の皮革と思い込んでいたが、これは大いなる誤解だったようだ。

 「こちらを混乱させるために、蜀兵から奪った物を身に着けているだけでしょう」

 「だが、武器の扱いも堂に入ったものだ。俄仕込みにしては、随分慣れているではないか」

 諸葛亮は、疑問を払拭できないまま軍兵を投入していった。そして、戦いが一段落したときに、ここへ来るまでの2年間をゆっくり振り返っていた。

 この辺は山岳地帯で、少数異民族が多い。彼らは劉備が健在のときには、一応蜀への帰順を態度で示していた。だが、黄初4年(223年)に彼が崩御すると、反乱の狼煙(のろし)を挙げだしたのだった。

 蜀に対して不満があるのは、劉備が置いた役人が不正をするからである。だから、皇位継承の混乱を利用して、益州南部の豪族、雍(よう)ガイ(門/豈)が武器を取ったのだ。

 「太守の正昂(せいこう)様が殺害されました。早く援軍を、お送り下さい!」

 当地の治所は、現在の昆明(こんめい)の南でシン(三水/真)池(ち)と呼ばれる湖の東岸である。険阻(けんそ)な所へ軍が出かけるには、輜重が充分でないと成功しない。

 「蜀は服喪の最中だと言って、雍ガイと掛けあいながら不満を訊いてきなされ。儂はその間に、食糧と武器や甲冑を集めて兵站戦(へいたんせん)を確保しておこう」

 諸葛亮はそう言って張裔(ちょうえい)なる男を後任の太守として送り込んでおいた。だが、彼も雍ガイに捕らえられ、あろうことか呉へと身柄を引き渡された。

 「そうか。太守への不満があるところを、孫権に焚きつけられて暴れておるのか?」

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「「頭だけで山岳戦ができりゃ苦労はねえんだ」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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