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「我らと諸葛孔明様の関係を思えば答えは決まっていよう」

【144】第三十一章 馬謖1

2013年3月25日(月)

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【143】第三十章 孟獲4から読む)

 「五常(ごじょう)の四男坊と五男坊は健在だったか。兄者が3人も逝かれたが、お2人でも残っていれば、家の再興も適おうて」

 馬良(ばりょう)に声を掛けてきたのは、襄陽(じょうよう)の古老だった。

 彼らを含めて荊州北部にいた者は、曹操に追われるごとく、江陵(こうりょう)から舟で長江右岸へ新天地を求めた。

 この間、劉備はさっさと先を行かず、関羽や張飛、趙雲らを配して、移動する住民の保護にも務めてくれた。だが、馬良の弟で兵学を学ぶ馬謖(ばしょく)は、武人として採るべきではない下策と、劉備を批判した。

 「我ら住民にはありがたい御配慮ですが、早う、荊州の後継者たる劉キ(王/奇)様を、安全な所へお連れねばなりますまい」

 「住民なくしては、荊州を嗣いだとて、政(まつりごと)もなりたたぬぞ」

 「我は劉将軍に、武人として、まずなすべき大事を申しあげております。曹公に追いつかれれば、元も子もございませぬ」

 「長坂坡(ちょうはんは)までは保つ」

 さすがに殿軍(しんがり)の斥候が追っ手との間合いを測っていたようだ。こうして、彼らは何とか長江を渡ったのである。 

 その後、赤壁の戦いで曹操が負けると、荊州から逃げてきた者らにも、身の振り方に巾が出てきた。例えば頼る軍閥にしても、呉の孫権と、劉キを奉じて荊州南部を租借した劉備と、選択肢が二つできたのだ。

 「どうだ幼常。おまえなら、どちらに付く?」

 孫権と劉備を比べれば、軍事力や経済力は圧倒的に前者が高い。だから、一見こちらへ付く方が良いように思える。だが、幼常の考えは違っていた。

 「孫統領(権)の側ならば、古参や譜代の部下たちが多く、多少の手柄では出世など覚束ないでしょう?」

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「「我らと諸葛孔明様の関係を思えば答えは決まっていよう」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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