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「心して聞け。要らざる容喙は軍法に則って処罰する」

【145】第三十一章 馬謖2

2013年3月26日(火)

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【144】第三十一章 馬謖1から読む)

 劉備の目が高かったと褒めるべきだろう。

 諸葛亮が軍師になったことで、曹操は赤壁にてで撃退されたのである。それゆえ、馬良も馬謖(ばしょく)も鼻が高く、常に諸葛亮の近辺に身を置いて彼の指示に従った。

 諸葛亮は劉備に対して、この2人を麾下の役人という扱いにしてもらった。

 建安15年(210年)、劉備は呉から荊州の南を租借し、益州(蜀)への進攻を虎視眈々と窺(うかが)っていた。ところが翌年そこへ、益州(四川省=蜀)牧(知事の監査役)の劉璋から、将軍として招聘(しょうへい)したい旨、連絡がきた。

 漢中(益州北部)で勢力を振るう五斗米道教祖の張魯を、討たせようとの魂胆からだ。それは劉備にとって渡りに舟だった。何ら苦労せずに益州へ軍を引きつれて入れ、おまけに増軍までしてもらえるからだ。

 これに付いて行けたのは、馬謖だった。

 馬良は諸葛亮について、荊州の経営を手伝った。馬謖は、それに疑問を持つ。

 「なぜ、軍師をホウ(广/龍)士元(しげん・ホウ統の字)殿になさいます?」

 彼は身分も弁(わきま)えず、劉備に直接訊いてみた。

 「馬幼常。心して聞け。誰を軍師にして、誰を領地の経営者にするか。軍人事の専権事項は、将軍たる儂にある。要らざる容喙(ようかい)は、軍法に則って処罰するから、以後はそのように心得よ!」

 言われて22歳の馬謖は、初めて組織内の厳しさを知った。荊州を南下放浪していたときは、住民の一人とみなし、劉備は無礼を我慢してくれていたのだ。

 「諸葛孔明師の愛弟子と言うから、大目に見られていたのだ。分を知れ!」

 晩熟(おくて)と言えばそれまでだが、部将の黄忠や魏延らからも注意され、馬謖は少し萎縮してしまった。

 だが、精神の高揚をすぐに取り戻すのが、馬謖の特長だった。彼は同僚の青年たちと、策戦を議論し始めた。

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「「心して聞け。要らざる容喙は軍法に則って処罰する」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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