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「幼常か? 我の肩でも揉んでくれぬか?」

【146】第三十一章 馬謖3

2013年3月27日(水)

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【145】第三十一章 馬謖2から読む)

 「諸葛兄、将来、呉へ使いに行く用事とは」

 馬良は言いかけて、言葉を切った。覚えのある跫音(あしおと)が、遠くに聞こえたからだ。それがだんだん、予想どおり近づいてくる。

 「諸葛老師(先生の意)。劉統領への輜重は、充分行き渡っておりましょうな?」

 むっつりした顔で声をかけてきたのは、荊州に残った関羽だった。彼も益州進攻の供になりたくしようがなかったらしい。それゆえに、何かと劉備の消息が知りたくて声をかけてくるのだ。

 「御心配には及びませぬ。劉統領はフ(倍/人偏を三水)城から成都を狙われます。我は更に輜重を送りがてら、『合流せよ』との指令を受けました。以後の荊州は、関長雲様の双肩にに掛かっております」

 諸葛亮にあっさり躱(かわ)され、関羽は憮然としていた。張飛や馬超などと違って、関羽は少なからず知的労働が出来た分、管理能力があった。だから、荊州の防備と経営について任されたのである。

 しかも、領土の防衛という武人として活躍する場面もあるから、尚更打って付けだ。それでも関羽本人としては、益州という新天地を拓(ひら)く仕事に未練があった。

 「向こうのようすは、逐一知らせてくれ」

 「はい、これなる馬季常が、必ず」

 諸葛亮に随行する馬良は、関羽に拱手して頭を下げた。関羽は、それを尻目に去っていく。なぜ、諸葛亮直々ではないのだと、苦情を言わんばかりだったが、抑えたようだ。

 諸葛亮が輜重を運ぶと、劉璋は成都北郊の?城(らくじょう)へ籠もった。そこには騎兵3万騎と食糧が1年分あり、輜重を充分補給した劉備に対抗できたはずだ。

 しかし劉璋は、急な攻撃を受けて混乱したのか、これ以上の犠牲は出したくないとして、20年統治の反省を述べながら降服した。

 「抵抗せねば、良い待遇で安楽に暮らさせてやるとの確認を、劉玄徳から取ったのだ」

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「「幼常か? 我の肩でも揉んでくれぬか?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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